Wake an answer

第1章 葛葉麗一【ブラックナイト3-5】

「もしもし」
「葛葉麗一君?」
「はい。麗一でいいです」
「じゃあ、そうさせてもらうよ。さて、昨日の続きなんだけど」
「はい」
「その、例の亀山さんが君に会いたいそうなんだ」
「俺にですか? いったい何の用事でしょう?」
「用事か何かって言われたら…その答え辛いんだけども」
「はぁ」
「その…一度うちへ迷い込んだ時に、うちがどんな場所だったかってのは覚えているかな?」
「ああ、裸の人が沢山でしたよね。覚えているのはそれだけで、後は何も」
「そう。まぁ、それが正解。うちは非合法だけど性的な行為事が主な目的の場所なんだ。で、君が亀山さんの好みに合ったというわけ。簡単に言うとそんな感じ」
「………うぇ」

素直な反応だろう。
ただのオヤジならまだしも、テレビで顔を見た事があるので容易に想像出来るからだった。
そう、亀山の外見は美しいものではなかった。テレビで見た時も、ガマガエルに着物を着せた方がまだマシなんではないかと亀山を知る人の80%が思うのではないかというぐらい遠慮の無い顔をしている。

「まぁ、そうなるよね」
「ええ、正直ゾッとしました」
「会うのを拒否されたと言えば問題ないけどね。一応、伺いだけはたてたかったからね」
「法的にはどうなんですか?」
「え? というと?」
「俺、来月に18歳になるんですけど」
「んーと…まだ具体的に何をするとかは決まってないから」
「そうですか。あの場所のことを考えたら、どんな事するのか、想像しちゃったもので」
「そりゃそうだよな。俺の言い方が悪かったごめん。最初は本当に顔合わせだけだよ。うん…」

萌木の喋り方からすると、必死に言いくるめようとしているのだろう。言葉尻は弱く全体が早口なのが分かる。察するに、萌木は交渉ごとは苦手と見える。

「わかりました。じゃあ行きます」
「本当に?」
「ええ。そしたらこの後のバイトでシフトの調整してくるんで」
「助かるよ! 亀山さん、ご機嫌そこねたら後々面倒くさくて」

一瞬、そんな面倒くさい相手と高校生の一般人を何故会わせるのかと思ったが、何となく今回の事で藍然家と繋げておかなければいけないような気がしたので承諾したまま通した。

「それじゃあ、バイトの予定がわかったら連絡もらえるかな? もし電話代とか気になるならメールでも構わないけど…」
「フフ、確かに金は無いですけど、それぐらいは大丈夫です。学生割引で安いんで」
「そっか。すまない」
「いえ、ではまた後ほど」
「うん。よろしく」

耳から離すと、向こうから不通音は聞こえない。麗一が切るのを待っているのだろう。タイミングを逃したらこのままずっと切りにくくなるので、麗一の方から終話ボタンを押して通話を終わらせた。親指の辺りから、ゾクリと寒気とも違う何かが駆け抜けた。

+

制服で行ったら何かの時にマズいだろうか。しかし、麗一はスーツのようなものは持っていない。買うほどの余裕も財布には無いし、どうしたものかと首をひねる。
制服はブレザーなので、下のスラックスとシャツだけならば“それなり”に見えるかと姿見にてあわせてみる。が、何だか間が抜けていた。
そこへ携帯の着信が入り、麗一は手にしていた服を床に投げ捨て慌てて電話を取る。

「麗一君? こんにちは萌木です」
「あ、こんにちは」
「用意は出来た? そっちにタクシーを向かわせたけど。指定通り家の前じゃなく、えーと美ヶ丘公園の入り口だよね」
「ええ、助かります」
「それじゃあコッチで…」
「あ、萌木さん!」
「ん?」
「あの、俺、服装に悩んじゃって。制服じゃ目立つだろうし、スーツみたいなのは持っていないし」
「ああ、別に普通の服で構わないよ。かくいう俺もスーツなんて着てないし、何ならデニムみたいなのでも全然。亀山さんもそういう普通の君を見初めたわけだから」
「はぁ…見初め…」
「ああ、見初めって言っても“初めて見る”の意味ね。まぁ麗一君が想像した通りの意味も含んではいるけど」

カラカラと明るく笑う萌木の声に何だか安心はしたが、麗一の全ての不安はぬぐいきれないのは事実だった。


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