Wake an answer

第1章 葛葉麗一【ブラックナイト3-2】

担任は日本学生支援機構の貸与奨学金で検討してみないかと持ちかけるが、現在の高校だって無利子とはいえ、月に約1万円強という金額を貸与しているのに、大学までとなったら後々が大変になると麗一は考えたからだ。いくら無利子とはいえ、人様に借りているのはどうにも府に落ちない。それならば社会人となり、高校時代の借金を整理して、もし学びたくなったらその時に考えればいいと担任には伝えた。

「葛葉…考えを固めてしまわないで、もう少し違う方向で検討してみたらどうだ?」
「でも…借金を抱える方の身にもなって下さいよ。それに前にも話した通り、もし大学に行くならば、定時制にするって言ったはずです」
「それはわかっている。だが、せっかく中学の担任が生活維持と後々の進学に有利になるからと普通科を選んでくれたんだ」
「わかってます。それは有難いと思ってますけど。何ていうか…借金してまで行かなきゃならない重要さが今の俺にはわかんないんです。言い方悪いかもしれないけど、誰かが援助してくれるというのなら行ってもいいと思いますけど…」

皮肉めいた言い方だと自分でも思う。でも本音に近いのは変わらなかった。

「確かに…それじゃあ俺が援助をしてやれるかといったら、それは無理だ。だけど、葛葉の頭脳をそのままにしておくのは勿体無いし、いつか学業に復帰をするというのは社会人になると難しいぞ」
「…でも、俺は一人で生きていかなきゃならないし。今年でグループホームも出ないといけないから。そしたら住む場所の家賃とか考えないといけないし」
「う…む…」
「答え…すぐ出さなきゃダメですか?」
「そうだな。なるべく早い方がいいな」

もろもろの事情を考えると担任も強く言えずに、同じような受け答えで面談は終わってしまう。ここまで真剣に考えてくれる熱心な良い先生なのだろうが、今の麗一には疎ましい存在にしか感じられなかった。

「(大学ったって…答えたって…どうすりゃいいんだよ)」

重苦しい気分のまま学校を出て、そのままバイト先へ向かう。
丈一郎達との例のたまり場には、あの件以来足を運んでいない。怖くなったといえば語弊があるが、自分の潔癖を弁明しようとうっかり口外してしまいかねないので、それを避ける為にも行っていなかったのだ。
バイト先に到着し、ロッカーに入れてある作業服を学生服の上から羽織ると、ロッカー内の携帯電話が響いた。マナーモードにしてあったので隣接するロッカーまで振動し、慌てて携帯電話を手にする。

「もしもし? ああ、相川? なに?」
『葛葉? これからバイトか?』

相手先は同じ小舎制のグループホームで生活を共にする青年。普段はほとんど会話もしないし、2ヶ月前、携帯のアドレスを変更してから教えていなかったので何となく疎遠になっている相手なので、会話もぎこちない。

「うん、もう更衣室にいる」
『そっか。何かホームに電話がかかってきたぞ。お前がいるかって』
「え? 俺?」
『ああ、たまたま先生の代わりに俺が出たんだけど』
「誰?」

身寄りの無い麗一には電話などかかってくる事は無い。たまに児童養護施設の大元の養母さんや、買い物にでかけた養護担当の先生と呼ばれる女性が外からかけてくるぐらいだ。
そんなものだから自分に電話がかかってきたと言う事にひどく驚いたのは言うまでもない。

『待って、メモ…えーと、あいぜんけって言ってた』
「藍然家!?」
『ああ、男性だったよ。担当の萌木さんだって。電話番号控えておいたけど』
「そっか。わかった。帰ったら連絡してみるよ。その間にまた連絡があったら、俺が帰ったら連絡するって伝えておいてくれるかな?」
『わかった』

言付けを聞いた相手側は電話を切った。
耳につけたままの受話器からは無機質なツーツーという不通音が聞こえるが、麗一は電話を切ることなく、その場に立ち尽くして考え込んでいた。


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