Wake an answer

第1章 葛葉麗一【ブラックナイト3-1】

2年後─。
麗一がいる場所は暗く、そして流れる空気はひどく重い場所だ。
無数の視線が体に突き刺さるが、麗一の視界は目隠しで閉ざされているものだから、感覚でしかそれを確認することは出来ない。いつもこの時が来ると、終わるときの事ばかり考えていた。
1週間のうちの1日、そして時間は最長でも1時間。それだけで麗一は何不自由の無い生活が約束されているのだ。しみじみと労働をして得るか、それとも自身を切り売りするだけかの違いだ。

「よう、お疲れ。今夜も凄かったな」
「…? あ、萌木さん」
「もうシャワーは浴びたのか?」
「ええ、1秒でも早く綺麗になりたいので」
「フフ、そりゃそうだ」

萌木と呼ばれた男は何も聞かずに麗一にコーヒーを入れる。砂糖もミルクもいらない。濃いブラックの刺激が落ち込んでしまいそうな気分に喝を入れてくれたから。

「大学はどうだ? 経済学の2年生だっけ?」
「ええ、勉強は問題ないです。ただ、ここがあるからサークルに入るのは難しいかな」
「別に入らなくてもいいだろ」
「そうですね。おかげで大学での俺の影は薄いですけど」
「ここでは人気者なのにな」

萌木の言葉に麗一は顔を曇らせた。
それもそのはず。
人気者と言っても、少し意味合いが違ったからだ。
麗一がいる場所は完全会員制の秘密社交クラブ“ブラックナイト”と呼ばれる所で、いわゆる“性”を目的とするクラブだった。過去に高校生だった麗一が招待された場所でもあり、特別招待会員以外の9割は何らかの肩書きを持つ人々だ。もちろん非合法であり、不法なのは重々承知だが、その法の抜け道をかいくぐって経営をしている。
では麗一はそこで性を売り物にしていたのかというと、意味合いが少し違って、擬似的に性的な行為を見せ、ショーとして舞台に立っていた。
そして売り物にしていないかというと、それも違う。麗一には金銭的援助をしてくれる男性がいた。その人物とは出会ってからそういった関係を持っている。いわばパトロンだ。
育った環境以外は普通の高校生だった麗一がどうしてこうなったかというのは、さかのぼる事2年前の事だった─。

+

例の地下階段、そして矢坂医院の一件から数ヶ月、何の変化も無く過ごしていた麗一は自分の進路にため息ばかりの毎日だった。
学業の面ではトップクラスだったので、高校の担任は麗一を大学へ行かせたいと強く望んだ。しかし、彼には金銭的余裕がまったく無い。いくらアルバイトを週に5日しているとはいえ、高校生の手に入れられる金額などせいぜい6万円弱がいいところだった。もっとがむしゃらにバイトを掛け持ちすれば、余裕も出てくるだろうが今度は勉学と日々の生活に余裕が無くなってくる。第一、元来線の細い彼にはそこまでの体力が無いのが現実だ。


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