Wake an answer

第1章 葛葉麗一【矢坂医院2-2】

「ほらよ。普通じゃないメスで、普通に切っておいたわよ」

上部が切り開かれた封書を麗一の手の上へと戻す。
矢坂の言葉に一瞬戸惑ったが、上目遣いでチラリと見て言葉を返す。

「それってイヤミですか?」
「イヤミだってわかるんならたいしたもんだ。かしこいかしこい」
「………」
「静かにムカついてないで、早く中身見なさいよ。アタシも暇じゃないのよ」

矢坂にそう急かされた麗一は、厚みのある封書の切り開かれた部分を手で開き、中に入っているものを取り出す。中には手紙らしき紙と、真っ黒の封書の中でキラリと輝く金色のカードが入っていた。

「あんれまぁ…」
「何ですか!?」
「いや、別に…」
「気になります」
「アタシも気になる」
「何ですか?」
「何が?」

意味不明な応酬が続く所をみると、矢坂も驚いて混乱しているようだ。混乱の原因はこのカードだろうか? 麗一は、カードを手にとってマジマジと見つめてみる。
自分の顔が映り込む鏡面仕上げと、マット仕上げが施してあるデザインの上に封書の書体と同じ“BN”のロゴ。そして、裏面の名前が記入するのであろう場所には、手書きで“Special Guest”と書かれていた。

「これが何なんでしょうか?」

矢坂の顔の前へと、カードを差し出す。窓から差し込む光で反射をしてキラリと光った。

「ちょっと、手紙を開いてみなさいな」
「はい…」

二つ折りにされた厚紙の手紙を開く。内容はあっさりと数行しかなかった。
『我がクラブへようこそ。麗しき君へオーナーより捧ぐ。黒く暗い長き夜の夢【ブラックナイト】』

「ご招待ってわけか。都が麗一に何かを感じたのかしら…そっか。そうじゃなけりゃ…」
「先生、我がクラブって…ブラックナイトって何なんですか?あ…」

自分で出したクラブという言葉で、夕べの光景が脳裏へと蘇った。そう、麗一は学校帰りにいつものたまり場の場所でおかしな扉を見つけて、それから…裸の人達が。

「ねぇ、先生。そうだ、裸の人達が沢山いたんだ。それで、俺…警備の人みたいなのに見つかって…って、今もう昼間じゃねーか……」
「落ち着きなさい。アンタの施設にも学校にも連絡はしてあるわよ。アタシが責任持って、アンタを帰すことになっているから安心しな」
「さっき、俺の詳しいことはどうでもいいって…」
「渡された鞄の中に入ってたアンタの生徒手帳見たからね。だから教えなくていいって言ったのよ。けど、アンタ不良ぶってタバコをふかすわりには、生徒手帳を鞄に入れてるなんて可愛い所あるのね」

矢坂は足元の鞄を麗一の上へ置くと、白衣のポケットから麗一の吸いかけのCOOLを取り出して、その一本に火をつけた。

「あ…俺のタバコ…」
「うっさい!ガキがカッコつけで吸うな。別途診療代金にもらっといてやる」

矢坂は文句を言った後、脅かすようにして口端を釣上げて歯をむき出したような顔で、キッと怒ってみせた。やけにとがった両の八重歯が気になる。

「アタシも気になるし、このカードについて詳しい事聞いてあげる」

矢坂は白衣のポケットをまさぐると、金色の派手めな携帯電話をポケットから取り出した。
無論、一般常識…略して“普通”というが、病院内では規模に関わらず大抵が携帯電話は禁止なのではないかと思うが、そんなことは構わず矢坂は発信先の相手と話し始めた。

「もしもし? アタシ。はいはい、昨日はどーも。何よアレ。え? アレが何かって? ホラ、昨日の小僧の…」
「先生、麗一です」

麗一の言葉に一瞥する。

「あぁ、そう。その小僧。どういうつもりなの?」

矢坂は麗一の顔を見たまま話を続ける。何だかわざとからかうように「小僧」と言い続けているような気がしてならない。

「うん、うん、え?そう…アタシ驚いちゃった。診察した時点で、手紙の中身はだいたい想像ついたけどさぁ、まさかいきなりビッ…え? なに? お客? ちょっと都!」

麗一には全体像が全く見えない話は相手の都合により切られたようだ。矢坂はイラついたように軽く舌を打つと、携帯を無造作にポケットの中へ放り込んだ。

「お客と、長年付き合ってるアタシとどっちが大切だっつうのよ。……客か。アタシでもそうするわな」

重苦しい空気が流れる。
状況が飲み込めていない麗一と、多分状況をどう語ろうか悩んでいる矢坂の気持ちがぶつかり合っているからだ。それだけヤバい話なのだろうか、麗一の心に不安がよぎる。

「とにかく…アンタは今日は家へ帰りな」
「この封書は…。これから俺はどうすれば…」
「あー…その事が詳しくわかったら、アンタに連絡してあげる。ただ、ハッキリと言っておくけど、夕べあった事も見た事も、口外はしないこと。その封書の雰囲気を見れば、ガキじゃないんだからわかるでしょ?」
「先生さっき小僧って」
「揚げ足とるんじゃないの。とりあえずアンタが着ていたものは洗濯してあるから、さっさと着替えてお帰り。アタシは忙しいんだから」

まるで犬でも追い払うかのように、シッシッと麗一に向けて手を払うと、矢坂は奥の扉へと消えて行った。扉が閉まった音が聞こえた所で、鉛でも背負ったかのように重い体を起こして、ベッドから降りる。布キレ一枚のような病院着を脱ぎ、きちんと畳まれている自分の制服へと手を伸ばす。

「あれ…?これ…」

フと気にかかり、病院着を脱いだ自分の体を見回す。
彼の体のアチコチには、見慣れないアザや、表現するのが難しいワケのわからない変な痕が走っていた。


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