Wake an answer

第1章 葛葉麗一【はじまり1-2】

高校から近い繁華街、武蔵国府孔雀区孔雀町。
その中でも孔雀町2丁目は、武蔵国府の中でも”眠らない街”と言われ数多くの店が立ち並び、明るいネオンの影に潜む混沌とした夜の世界に、麗一達も自然と憧れを抱いた。
派手なクラブやスナックの裏側や、四坪程度の得体の知れない店が何十軒も立ち並ぶ裏通り“カナリヤ通り”が彼等のたまり場で、丈一郎がどこからか見つけてきた廃墟となった建物が集合場所だった。
その建物は、かなり昔に火事で半焼し、建物の基礎と大部分は残っているものの、持ち主がこれ幸いと夜逃げをしてしまった事から、長いこと更地にもされず雨ざらしになっている場所だった。未だ残る火事の痛々しい跡と、饐えた匂いとそのアンダーグラウンドな雰囲気が、悪さを覚えた麗一達にはたまらない環境だった。

事が起こったのは、まだ少し肌寒い学校帰りの3月。
その日は雨が降っていた。傘なんて洒落たものは持たない主義と気取っていた麗一は、強くなり始めた夕立にイラつき、いつものたまり場へと足を運んだ。建物の西側は屋根が残っていて、雨をしのぐには充分なその場所で、古びた一斗缶を椅子代わりにして、一息つく。
誰も見ている人なんかいないのに、カッコつけで吸い始めたタバコを学生服から取り出し、仲間の誰かがその場所に置いていったライターで火を灯す。『俺様ってカッコイイ』って勘違いしながら吸っていたのは間違いない。決して旨いとは感じなかったタバコの煙はゆらりと揺れては消えていった。

その煙の流れを目で追う──。

煙が消える瞬間なんて今まで気にした事も無くて、きっとこの場所に一人きりになったからであって、そんな状況でも無ければタバコの煙に気を留めるって事も生涯無かったはずだ。
大きく吸って、口内に溜めた煙を吐き出すと、消えかけた煙は麗一の背後の扉の隙間へとすうっと吸い込まれるようにして消えた。その様子を目で追うと、扉から一筋の光が漏れている事に気がついた。

「光…電気がついてんのか?」

この廃墟に皆と集まり出したのは半年も前で、学校をサボッた昼も、とっくに子供は帰らないといけない夜も問わずに通い続けたっていうのに、その扉の存在にも光が漏れている事にも気がつかなかった。
吸いかけのタバコを床に捨て、靴でグリグリ踏みつけると麗一は扉へ向った。扉と壁との間に薄く漏れる光。それを遮るように扉へ指を這わせる。

「やっぱり光が漏れてる…何だ?」

麗一は、ためらう事無くドアノブへと手をかけた。
この先に誰かがいたらどうする?
得意の作り笑顔でごまかして終わらせるか?
そんな事が頭をよぎるが、その時の麗一は不安より好奇心の方が勝っていた。
後先考えずに錆びついた、形の古いドアノブを右へとひねる。剥がれた木や、破れてカビてしまった壁紙とは反して、扉はあっさりと開いた。

「開いた…って何だ、ここ…」

扉の先には階段が続いている。
だが、肝心の光はと言うと、階段の行き着いた先から真っ直ぐに伸びているもので、階段自体は薄暗かった。
カビ臭い階段を一歩踏み出す。普段の麗一は、いっつも田中の後ろを追っていて何をするにも逃げ腰で、しょっちゅう田中に『トロいんだよ!おめーは!』なんて怒鳴られていた。そんな麗一が自ら階段へと足を踏み入れる。

そう、まるであの場所に誘われていたかのように。

薄暗い階段を下りきり、更に強く光る場所へとたどり着く。
どうやら、光が漏れている場所は次の場所へ行く扉だった。

重厚な扉を押すと、鈍い音が辺りに響いた。
厚みはあるが、そう重くはない扉の先に広がったのは、とんでもない世界だった─。


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