それ故に、未来を受け止めるが如く 16

モクジモドルススム
「あ…辰巳……オ、オレ」

初めて大きな試合で一本を取った時、何が起きたかわからず、基礎中の基礎である礼も忘れてボーッとしてしまい、審判に怒られた事があった。比べ物にならないがそんな感覚。

「ばーか。痛ぇじゃねぇか。もっと一思いにやれよ」

蓮爾を諌めるように辰巳は冗談交じりで言う。

「フザケんな!! 何で…何で防御をしない! オレの癖なんて知ってるはずじゃないか!」
「知ってるよ。知ってるからこ…そ……だ…」

吹き出す鮮血と床に溜まっていく朱の中に、辰巳は膝をついて静かに沈んだ。

「卑怯だ…卑怯じゃないか。オレが、オレの能力を知って、わざとその隙を見るなんて。初めからそうだったんだろ? お前、覚悟決めてたんだろ? なぁ? なあ!」
「卑怯で…ごめ…っん…ぐふっ」

もう痛いとかそういう感覚が薄れてきて、目の前の床に自身の血が広がっていくのを辰巳はただ見つめながら薄れ行く意識の中で応えた内容はこうだった。

公園でスーツの男に討伐に向けてのシオリナを見せられた時に辰巳は知った。自分は利用される事を。
多分、本当に未来に影響をするのは凡夫である自分より、サイキック能力者の蓮爾である。しかし、蓮爾一人だけでは何もならない。ならば、一番近くにいる人物を利用しようとスーツの男の団体は考えるのが順当だ。そうなると自分の手で要因となる蓮爾を殺めてしまったら、それこそ取り返しのつかないシナリオとなる。阻止すべきは強く影響を与える自分の存在という結論に辰巳は達したのだ。破滅的だが、辰巳の出来る一番の最善の方法だった。

「辰巳…たつ…辰巳…」

自分で傷つけてしまった右わき腹より少し上の傷口を押さえながら、蓮爾はただ名前を呼んでいた。自分の能力を煙たがり、フルに活用しなかった事が今更悔やまれる。もっと感覚を鋭敏にしておけば、辰巳の故意な挑発にも乗らなかったのに─。

「辰巳ぃ、経験したことも無い戦争とか、そういうの関係なくやっぱり後味は悪いよ。オレ、こんな気持ち抱えて未来になんか行けないぜ? だって、お前は親友なんだよ。一番無くせないものだったんだよ。お前ならわかるよな」

蓮爾が強く声をかけても返事は出来なかった。

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それから数分。肺腑に達し、即死状態だった辰巳へ圧迫止血や自分が知りうる限りの蘇生法など意味が無いと知った蓮爾は、まだ生暖かい朱の溜まりの中から、自分の小さな刀を取り出した。右手へ意識を集中させ武器を作動させる。そして、返事が無い親友へ蓮爾は語りかける。

「辰巳、情けない償いだと笑ってくれ」

刀を反対に持ち、刃先を喉元に当てる。金属の冷えた感触とのどもとの皮膚にチクリと小さな痛みを感じた。だが、その痛みに恐れる事なく蓮爾は一気に切先へ体重をかけると、深く床に向かって沈んでいく。

「………!!!」

言葉にならない痛みと恐怖心が蓮爾の心を支配する。吹き出る血の量とまるで溺れているような呼吸の薄さに後悔の念は多少はあった。実際の深さはさほどなかったが、感覚としては、喉を突き抜けるようだった。致命傷である頚動脈を断裂したのだろう、視界が段々と薄暗くなってきて、意識が遠のいていくのがわかった。
ちょうど辰巳と顔を向かい合わせにするようにして倒れこんだ時、確かに"死"を確認したはずの辰巳がフと目を開く。
互いに体も動かないし、声も出せない。暖かかった血液は冷たく、まるで極寒の地にいるようだった。だが、何故か満足感だけは満ち足りていた。それは自分達を、そして親友と未来を守ったという自己満足だった。


モクジモドルススム
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