それ故に、未来を受け止めるが如く 12

モクジモドルススム
蓮爾と高杉がいるホールの中に、何十人もの人の声が響いてきた。
二人は顔を見合わせて、壁の時計を見つめた。秒数を知らせるように規則正しくデジタル文字の真ん中の記号“コロン”が点滅していた。時を止めていたのがいつの間に解除され、入場時間となったらしい。高杉は蓮爾の肩をギュッと抱き、今一度蓮爾へ未来を託した。

「本当に突然で申し訳ない事をしました。ですが、心より感謝しています。どうか、どうか…未来をお願い致します!」
「高杉君」

ホールの扉が開かれる。
同時に日中の強い日差しが差込み、ホールは明るく照らされた。
その瞬間、観客が高杉の姿を見て一斉に黄色い歓声を上げる。我先に中へ入ろうとグイグイ押し始めた。スタッフが手をめいっぱいに広げ防波堤の役目を果たすが、それも時間の問題のようだ。

「高杉くーん!!」
「本物! やだ、どうしよー」
「こっち向いてー!」

高杉はその声に応えるように飛び交う女性たちの声に振り向くと、左手を腹へ、そして右手をゆっくりと下ろしながら優雅に挨拶をした。その姿にざわめき立っていた観客はピタッと納まり、次の瞬間感嘆の息を漏らす。

「皆さん、会いにきてくれてありがとう!」

大きい声でそう叫ぶと、高杉は開かれていない一番端の扉へ走り出す。扉を開けると、すぐそこはスタッフ専用と書かれ、簡易的にロープを貼らせたスタッフ専用通路へ出た。高杉はそのロープをくくり付けてあるポールを端へ避けると観客へ体を向ける。

「皆さんコチラです! ご一緒に」

一瞬ためらった観客たちは顔も知らない隣の相手の様子を互いに伺うが、次の瞬間そんな事には構っていられないとばかりに高杉を追って走り出す。計画にはなかった高杉の行動に他のスタッフ達が戸惑い、口を開けたまま固まるが、走り去る客に体当たりをされると我に返り、高杉と観客を静止しようと追いかけた。
その騒動が収まると、ホールには蓮爾一人だけ取り残される形となった。障害物のいない扉を潜り抜け、ロビーへと出る。あの騒音はどこへやら、公園にいる鳥の声まで聞こえてきそうな静寂だ。

「ああ…何故だろう。何だか全てがクリアだ」

予知をする対象に触れたわけでもないのに、蓮爾の頭の中にはこれから起こり得る事が鮮明に見えていた。あと少しで辰巳がスーツ姿の男と共に走ってくるだろう。そして戦いは始まる。もうすぐ、あと数十秒─。
うな垂れていた頭をまっすぐ前へやると、予知の通り真正面に見える公園に続く道から辰巳が走ってきた。数歩送れてスーツの男。
それを確認した蓮爾は、手の中にある小さな刀を構え、ギュッと握り締めた。瞬間、刀は刃長約70センチの姿へと変わる。
剣道部で習った事が本物の刀に通用するものかわからない。それでも、もうやらなければならない状況に置かれているのだから仕方がない。蓮爾は刀を上段の姿勢で構えて、辰巳が到着するのを待った。
モクジモドルススム
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