それ故に、未来を受け止めるが如く 8

モクジモドルススム
固く結んだ口からは自然と呻きにも似た声が漏れるが、蓮爾には何かが変わりつつあるようには感じない。

「はああっ! はぁ、はぁ」

止めていた呼吸を一気に再開したぐらいの勢いで高杉は息を吸い込むと、そのまま椅子へと座り込んだ。深く息をする体は大きく上下している。

「なんか…すごい頑張ってくれた感じに見えたけど、変った気がしない…」
「ええ、パッと見では。変わった部分と言えばコレぐらいですか」

そう言って高杉は自身の右手を見せる。その指先は薄っすらと消えかけていた。透明だけど形は薄くあるような不思議な感じだ。

「消えてる…」
「ええ、まだ未熟者ですから、この時間に存在しているだけでかなりのパワーを使いますので指先などの末端は見えにくくなります。と言っても、消えてなくなるわけではないので」
「ふぅん…」

蓮爾は高杉へと手を伸ばし、確かめるように消えた指の辺りをぎゅっと握ってみた。

「ね、指があるのはわかるでしょ」
「あ…な…んだコレ」
「指…ですが」

高杉の指を掴んだ途端、蓮爾はこめかみへと手を当て顔を歪ませる。強い光りがまぶたの裏を占領した後で、暗い色の向こうにひとつのビジョンが見えた。

「大丈夫ですか? 」
「違う…嘘だろ。扉から入ってくる男って…た…つ…辰巳。古谷辰巳じゃないか!!」
「もしかして私の脳内から未来のビジョンが見えるんですか?」
「あぁ。おかしな能力だろ? 昔からちょくちょくね」

昔から気味の悪い能力だと自身でも忌々しく感じていた。触れた相手の考えている事や、過去の強い思考などが読めてしまうのだ。メトラーとかいう能力らしいが、そんな横文字で言われても、蓮爾には所詮“少し角度の違った覗き”としか捉える事が出来なかったからだ。
だからこの能力を知っているのも辰巳と裕樹を筆頭に、本当に親しい数人だけだ。それも敢えて話した訳ではなく、今回のようにフとした拍子にバレてしまったので仕方なく話したとかいう偶然だ。

「すごい! さすが救世主様ですね!」
「褒められた事じゃないよ。救世主って言うのはやめよう。蓮爾でいいよ」
「でも、蓮爾さん! 私達の世界では、その能力は選ばれた人間の中でも、更に訓練を重ねないと出来ないものなんです。その力が生まれながらに備わっているだなんて!」
「そう…でもこの力のせいで嫌な思いもしたよ。それに今が過去に使った能力の中で一番最悪だしね」

少し嫌味な言い方かとも思ったが、本音なのは確かだ。この状況でかえって蓮爾のように感情を抑える方が難しいぐらいだろう。

「そうですよね…すみません」
「君が謝る事じゃないよ」
「いえ…」

何か会話を繋げたかったが言葉が出ない。
そこをつなげたのは蓮爾の質問。時間は限られている。とにかく今自分がやって本当に有利なのかどうかそれだけでも蓮爾は知りたかった。的を絞って言葉を出す。

「質問」
「はい、どうぞ」
「未来では、この能力が少しは優遇されているの? 覗きが出来るぐらいで救世主だなんていわれる理由がオレにはわからない。戦う意味を知りたいんだけど」
「残念ながら、未来でもさほど変わりません」
「そう…」
モクジモドルススム
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