それ故に、未来を受け止めるが如く 6

モクジモドルススム
裕樹に案内されて中に入ることが出来た蓮爾は、ホール内を歩き見るのにちょうど良さそうな席を吟味する。壁に設置されているホール特有のデジタル時計は9時50分を表示していた。あと少しで客席が満杯になる。その状況を想像しながらセンターの8列目へ腰掛、ため息とも違う息をひとつ吐いた。



「ふぅ…」
「お疲れですか?」
「え?」

さっきまで誰もいなかったはずの自分の隣に青年が座っていた。自分がよく見ないで腰掛けてしまったのか…否、確かに誰もいなかったはずだ。だが、もし本当に先約がいたのなら、失礼に当たる。蓮爾は席を変えようと腰を浮かせた。

「失礼しま…」
「席を立たなくて結構。僕が後から座ったんで」
「…どこからどうやって? オレは通路側にいるし、あなたが座っている場所は向こうの通路側から優に10席はある。不可能では?」
「落ち着いて分析するんですね」
「そうかな? 冷静とか、冷たいとはよく言われますけど」

そんな事はなかった。蓮爾は蓮爾なりに焦っている。普段口数が少ないのが早口で慌てて喋っているのが自分でもわかるからだ。
この状況をどうしたものかと、隣の青年を再び見ると、もう一度座るようにジェスチャーされたので、仕方なくそこへ腰を下ろした。

「時間が無いので簡潔に話をしたい。僕はまだ未熟者だから時間を操作するのも5〜6分、よくて10分が限界なんで」
「時間…操作?」

そう言われて壁の時計を見ると、蓮爾がさっき見た時間より1分しか進んでおらず、驚いた。ホール内では結構歩き回ったし、隣の青年とたったこれだけの話をするだけでも3分以上は時間が取られるだろう。

「私は未来からやってきました。ちょうど88年後です。もう不思議だとか、宗教じみた発想などの質問は聞きません。あなたの腕と置かれた状況を信じて託します」
「はぁ…」

質問を受け付けないと言っても、何から質問していいのかわからなかったし、何しろ状況が飲み込めないので言葉にする事さえ出来なかった。とりあえず話を聞く態勢をとる。

「本来は不本意ですが、うちのスパイにあなたに適合する武器を奪ってきてもらいました。きちんとMAI数値を計っていないので、若干の違和感はあると思いますが。救世主様、どうかお納め下さい」
「救世主? え? 何…? これ」

驚いたまま固まっていると、声が背後から聞こえる。慌てて振り返ると青年は蓮爾の真後ろに立っていた。

「武器です。あなたはこれから大きな試練を迎える事でしょう。そこには情けや感情など一切捨てなければなりません」
「移動…いつしたんだ…」

青年は蓮爾の手を取ると、手の平へ武器を置く。そして少し体を離してギュッと握らせる。刹那、電気質の衝撃が蓮爾の腕に走り、手中の武器は大きな日本刀の形状と変化した。

「なっ! 何だコレ!!」

蓮爾は焦って刀を離そうと手を振る。
が、手からは接着剤でつけられたようにぴったりとくっついて剥がれない。焦りが増し、何度も手を上下させた。

「振っても剥がれません! その武器は意識を持っていますから、心を落ち着けて外す意思表示をしないと!」
「心…落ち着けて?」

言われた通り、目を瞑り呼吸を整える。すると、何も念じていないのに手に張り付いていた刀は床へと自然に落ち、カランカランと硬質な音を立てた。

「本当だ。一体何で出来ているんだ?」
「簡単に説明すると、ベースウェポンと呼ばれるちょうど日本刀に似た素材がいくつか用意されています。それにこの武器を持つ人の能力を入れると出来上がります」
「へぇ、すごい技術が未来にはあるわけだ」
「元々はサイキック能力者と化学者の権威達による共同開発だったのですが…」
「何か色々あったわけだ。それで? スパイに奪ってきてもらったというのは?」

刀が手から剥がれたこともあり、蓮爾はいつもの冷静さを取り戻していた。普通ならば忘れてしいそうな部分を的確に拾って説明を求める。

「その点はあまり詳しくは説明出来ないんですが…」
「そう。それは未来が変わるとかそういう事が関わってくるから? それとも君が未熟で説明出来ないから? 前者と後者のどっち?」
「前者です」
「わかった。ならば未来の話しに関しては深くは追求しない。君が未熟だったら責めていたかもしれないけど」

驚いたように軽く息を吸う高杉の呼吸を感じる。それに対し蓮爾は冗談だと笑った。
モクジモドルススム
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