それ故に、未来を受け止めるが如く 3

モクジモドルススム
蓮爾は辰巳と別れた後、正面玄関から真反対の入り口へと向かっていた。
そこも一応は入場口で係員もいるのだが、ここが入場口だと知っている人の方が少ない。
かくいう蓮爾も自分がイベントに出た一昨年に知ったばかりなのだが─。

「すみません」

蓮爾が入り口へ近づいて係員へ声をかけると、
暇そうにしていた係員が慌てて椅子から立ち上がった。
見てとれる限りでは居眠りをしていたのだろうか、眠そうな表情をしている。

「寝てたの邪魔した?」
「ぃえっ…! だ、大丈夫です!」
「別に誰にも告げ口なんかしないよ」

「フフ」と短く笑い、後輩から事前に購入してあったチケットを差し出す。
まだ入場の時間より少し早かったが、係員も慌てていたので、きちんと確認しなかったのだろう。
時計を見る事も無く、蓮爾からチケットを受け取った。半券を切ってもらい、残りを胸ポケットへしまうと、階段へと向う。
この脇の入場口は、正面入り口よりも少しだけ下になっている地形なので、同じ一階という扱いでも階段を利用する。慣れた者では無いと少し迷うのが特徴だ。
階段を抜けて正面玄関を横目で見ると、人だかりが玄関へと押しかけていた。
係員はつぶされそうになりながら何かを叫んでいた。多分、きちんと並ぶように促がしているのだろう。
過去に蓮爾も参加したこのイベントでは異例の観客数だ。たかが高校生の行うレクリエーションでそんな事になろうとは不思議でならなかった。
会場へ入る為の重い扉に手をかけた所で、蓮爾の携帯電話が震える。辰巳があの喧騒に巻き込まれたのではないだろうかとパンツの後ポケットから電話を取り出すと、画面には裕樹の名前が表示されていた。

「裕樹?」
「あぁ、よかった先輩。いまどこですか? さっき古谷先輩に電話かけて、この事伝えようと思ってたんですよ。電波悪くて切れちゃったんスけどね」
「俺に電話すればよかったのに」
「先輩はホラ、そういう文明の利器使わなくても伝わるから」

そう言って電話の向こうの裕樹は自分で言った事を笑う。

「何だそりゃ。ま、確かにそうだけど…」
「そうでしょ。で? 今とこにいるんスか?」
「もう会場の中だよ」
「へ? テレポートしたとか?」
「おいおい、あんまり超常者扱いするなよ。脇の、ホラ坂を下った…」
「あぁ! 穴場ッスね!」
「うん、そこから入った。なんかゴチャゴチャしてたし」
「あのゴタゴタに巻き込まれているんじゃないかと思って心配だったんスよ」
「大丈夫。ていうか…何? この人だかり」
「あー…あんまり大きな声じゃ言えないんスけど」

裕樹は一応気を遣い、自分の電話の受話口を押さえるようにして話す。蓮爾に聞こえてくる声が若干くぐもった。

「僕はよくわかってなかったんスけど。どうやらテレビに出ている生徒がいるとかで」
「へぇ…アイドル? なんて名前なの?」
「いや、子役の時から俳優として活躍してたとか…何でも最近人気のドラマにそこそこ重要な役で出演してたんですって。名前は高杉…何て言ったかな」

自分は知らないし、興味もないけどといった風なニュアンスだ。

「じゃあ外にいる人はファンなわけだ」
「だと思いますよ。主催者の一人である自分としては迷惑な話ですけど」

と話した所で、自分の右側から受話器と同じ声が聞こえる。
どうやら裕樹は歩きながら話していたらしい。

「あれ? あはは先輩」
「近くだったんだな。会って話した方が早かったんじゃないか?」
「そうッスね」

同じタイミングで電話を切って、ポケットへとしまう。
制服姿の裕樹を見つけた外の観客は、目的の生徒が来たのではないかと一瞬ざわめいた。

「うわ…増えてら。最悪」

裕樹は訝しげな顔で正面玄関を見てポツリと文句を言う。確かに学生がノビノビとやるには不向きな状況だ。

「あれ? 古谷先輩は?」

いつもセットで蓮爾の左側にいるのが普通だったから、裕樹はそこを見て驚く。

「ん? ああ、コンビニ。飯買いたいって」
「そっか。珍しいですね。いつも一緒だから」
「オレも行ってもよかったんだけど、席を取っておいてもいいかと思ってさ。なんか騒がしいとは思ったけど、ここまで混雑しそうな状況だったから入れてラッキーだったよ」
「そうですね。そしたら僕がついて行きますよ。まだ…えっとあと10分は観客席には入れないはずだから。僕が係員に説明しておきます」
「サンキュ。早くロビーまで入れても意味なかったかなって思ってた所なんだ」
「じゃあ、行きましょう」

裕樹の案内で扉を開ける。
扉をくぐった瞬間、背後から中が垣間見えないかと騒ぐ観客の声が高く上がった。

モクジモドルススム
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