彩夢 1-7

モクジススムモドル
「うん、子供ももうすぐ一歳になる」
「じゃあ、お父さん頑張らなきゃだ!」
「お父さんってなんかくすぐったいな」

まだ喋らないわが子にも呼ばれた事無いものだから、達也は気恥ずかしそうに頭を掻く。

「あのさ…脇田さん。俺…」
「そうだ! あ、ゴメン話の途中で」
「ううん続けて」
「あのね。健太君のこと…許してほしいの」
「あ…」
「多分、自分の事を卑下に思っちゃうタイプだから、自分に注目してほしいだけだと思うんだ」
「どうしようもない奴だな」
「そんな事言わないで。もちろん藤間君の事をライバル視もしてたけど、心のどこかではすっごく頼ってるんだ」

一番ネックになっていた人物に、これから一番ネックになる人物の事を説かれてしまったので達也は閉口してしまった。感情をどこへ持って行けばいいのか悩む。

「うん…そっか。今すぐには無理だけど、アイツとはもう一度話し合ってみるよ」
「ありがとう。やっぱり藤間君は優しいね。あたし……」
「優しいっていうか、間抜けなだけだよ。でも、ありがとう」
「…う、うん。これからもお仕事頑張ってね。あ、あのね…」
「なに?」
「ううん…なんでもない。藤間君、ありがとう…」

少しだけ言いかけた言葉が気になったが、その続きを聞かずに愛美の背後から、暗いが恐ろしさは感じない穏やかな闇が迫ってきた。そしてゆっくりとその体が闇に透けていく。

「あ…わき…愛美っ!」

今まで苗字でしか呼んだ事が無かったのに、達也はまるで恋人の名でも叫ぶかのように、最初で最後の名前を叫んだ。だが愛美は微笑んだままその体を闇に溶かして行く。
手を伸ばして掴もうとすると、愛美がいた場所には、何と音が立っていた。店に入った時と同じように、ふわりと手品のように現れたので達也は声が出なかった。

「如何でしたか? 彩の夢は」
「夢?」
「正確に言うと、達也さんと愛美さん双方の思念とでも言いましょうか。それをプレイバックさせて頂きました」
「どういう事ですか?」
「どういう事でもありません。どうでしたか? 悔やんでいた思い出が叶えられた夢は」
「ああ、そういう事ですか。という事は、俺の気持ちが反映している夢であって、愛美の気持ちは本心ではないのですね」

肩の力が抜ける。夢だというのに、肩からかけた重いショルダーバッグが強く食い込むのがやけにリアルだった。

「そうとも言えません。双方の思念ですから」
「双方の…て事は」
「少なくとも、愛美さんは恋心に似た感情を抱いていたようですよ。本当は半年前に合った時に、声をかけたかったそうです。あなたのご結婚を知っている彼女は敢えて逃げるようにしたそうですが」
「そんな…それじゃあ言いかけた言葉は」
「まぁ、ご結婚もしているあなたを気遣ったんでしょう。会えて良かったと向こうも言っているんだし、救われたじゃないですか。それに最後までお友達のことも心配して」

確かにそうだ。あのままにしていたら初恋の感情も、青柳への感情もずっと心残りでいただろう。そして月日が経ち、薄くなっていく思い出と都合の良い脚色が織り交ざり、どんな感情を抱いたかわからない。そう思うと、それが解消されただけでも御の字だ。

「そうですね。愛美の気持ちを汲んであげなきゃ…きっと、健太のことを話すのも辛かっただろうし」
「それでは帰りますか?」
「え…帰る?」
「ええ夢からの帰還です」

驚いているうちに、達也の体はさっきの愛美の闇とは正反対の明るい光に包まれていく。肩、腕、指の先と光が移動していくと、体全体が包み込まれ、ついに辺りは真っ白になった。
モクジススムモドル
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