彩夢 1-6

モクジススムモドル
重い荷物をいくつも抱え、達也は町の中を歩いていた。スーツのポケットの中で震える携帯のバイブに気がつき、荷物を路上に置いて電話を取り出す。電話は取引先だ。

「はい、藤間です。どうも先日は。え!?電源入りませんか? ええ、そうです主電源ボタンを押して頂いて…ええ…はい」

季節は盛夏─。
電話の内容と、照りつける太陽に熱いのか冷たいのかわからない汗をかきながら達也は必死に電話の向こうの相手へ頭を下げる。通行人がコチラを見ていようが構わなかった。とにかく地面に頭がついてしまいそうなぐらい、腰を曲げる。

「そうですね…えっと今からだと15分…」

そう話しながら、体を起き上がらせると、交差点を歩く見覚えのあるシルエットに目が行った。脇田愛美だ。高校卒業以来だから6年ぶりだ。サッカー部のマネージャーで、学年でもアイドル的存在。達也が一方的に恋心を寄せていた相手だ。きっと向こうは覚えていないだろう。突然声をかけたら気持ち悪がられるだろうか。それとも、またあの笑顔を見せてくれるだろうか。そう考えていると、電話の向こうが強く達也の名を呼んだので我に返る。

「あっ…! すみませ…えーと今、他の取引先におりまして、すぐに出られない状況にあるので40分でそちらに伺います!」

とっさに出た嘘。が、相手も用事があったようで快く了承してくれた。
達也は再び電話をしながら頭を深々と下げると、通話が切れる音を確認してから切り、大きく深呼吸をして重い荷物と共に、交差点へ一気に走った。
点滅する青の信号を変わってくれるなと睨み付け、反対側へと走り抜ける。左右を見回すと、水色のワンピースを着た愛美の背中を見つけた。まるでその姿は光に溶けてしまいそうで、達也は懸命にその後姿を追いかける。

「脇田さんっ!」

黒い髪をなびかせながら振り向く愛美は、6年も経過したとは思えぬ可愛らしさだ。達也は思わず顔が綻ぶ。が、彼女におかしな奴と思われてはいけないと顔を引き締めた。

「ありがとう会いに来てくれて」
「え…?」
「私、藤間君を見かけて声をかけようと思ったんだけど、お仕事中だったみたいだし」
「あんな頭をペコペコ下げてる所…」
「ううん、お仕事してるなって感じで格好良かったよ。そういえば、結婚したんだってね」

浮気をしようとか、そういうつもりは毛頭ないが、初恋の相手に言われて少しだけ心が痛んだ。男の悲しい性と自覚する。


モクジススムモドル
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