彩夢 1-5

モクジススムモドル
「思いませんか?」
「はい?」
「ああ、あの時こうしていれば…なんて」
「ええ。今日、まさにそんな感じでした」
「見てみます?」
「え?」
「夢ですよ。”あの時”の夢。それも格別なハッキリとした色のついた夢です」

突如奇妙な話になってしまい、達也はわかりやすく顔を引きつらせた。無理も無い。怪しいのは確かだ。

「夢ですか」
「いつも達也さんの夢はどんな色がついています?」
「そうですね…普通についている時もあれば白黒だったり、薄く寝ぼけた色だったり」
「ふむ…。わかりました。これは僕からのおごりです」

音は酒瓶を達也に掲げて見せた。中に八分目ほど入っている液体がゆらりと揺れる。

「…」
「何、怪しい薬の類じゃありません。そんなもので妹の店を潰す事はしたくないですしね」
「では?」
「兄の私が言うのも変ですが、妹はなかなかどうしてモテる子なんですよ。妹がもう少し若い頃、所謂モテ期というやつでしょうか。何人もの男達に声をかけられておりました。その中の一人がプロポーズする際にプレゼントしたものなんです。何でも手に入りにくい銘柄だそうで。名前もホラ、"彩夢"となっているでしょう」
「そういえば聞いた事があります。手に入りにくい銘酒とか。手に入れるには卸している酒屋の常連になれとハウツーサイトがある程ですよね」
「そんなに有名になってたんですか…何だか悔しいですねぇ」

薄い琥珀色に輝くアルコールを目の前でグラスに注いで見せた。グラスには店の名前”彩夢”とデザインされた薔薇がエッチングされている。

「嫌いなんですか? 妹の旦那さんだから、義理の弟さんですね」

達也は良い言葉が見つからず、ズバリそのままを音に聞いた。

「嫌いというよりは、若さ故の抵抗ですよね。とにかく妹の身を案じる為に突っ張ったんですよ。あの子には幸せになってもらいたかったですから」

達也が言葉無く頷くので、音は続けて話した。

「最終的には、私もいがみ合うのも馬鹿馬鹿しくなりましてね。何しろ、私といるときよりも妹は良い笑顔をするもんですから、負けましたよ。何のかんのと言いながら、良い奴でしたねぇ…」

思い出を懐かしむように音がグラスを口へ運ぶものだから、達也も自然と、酒へ手を伸ばした。まるでブランデーのような芳香な香りが鼻腔をくすぐる。

「いただきます」
「どうぞ、良い夢を」

店と酒の名前をかけた洒落のような酒を口元へ運ぶと、やはり芳香な香りが印象的だ。そして舌を転がる焼酎とは思えない味に達也は驚いた。
テレビのグルメリポーターのように上手いセリフは言えないが、月並みな酒の感想を音に言おうと達也は顔を上げる。だが、言葉を発しようとした時にいた達也の場所はBARのカウンターではなく、半年前の”あの時”だった。

モクジススムモドル
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