FLYING SHOES 5

ススムモクジモドル
「それじゃあ、本当はあなた…えっと瓜生さんでいいのかしら?」
「ええ、私は瓜生翔<かける>」
「その瓜生さんのおじいさんが被害者で…」
「君のおじいさんは、上手いことそれをネタに口説いたというわけです。簡単に言えばね」
「何か、あの…うちのおじいちゃんがすみません」
「謝まらなくていいさ。時を越えて、こうして君と私が出会えたのだから。障害がある方が恋愛は燃えるものだ」
「えーと…でも、ひとつ繋がらない所が」
「なんだい?」
「私のおじいちゃんが、おばあちゃんを口説くキッカケに草履を使ったわけですよね? だけど、あなたは最初、おじいちゃんの遺言でどうとかって」
「ああ、それですか。そう…64年と」
「その辺のくだりはもういいんで…」
「そう?」

腰を折られたことにスネた翔は、正直可愛くはなかったが、顔はよくよくみると第一印象通りに格好良かった。遠目ではいいが、近くで見たら残念だったというタイプではない。その上、紗姫のど真ん中で好みだったので、思わずドキッとしてしまう。

「実は、草履云々ではなく、祖父も君のおばあちゃんに一目惚れをしていたらしいんだ」
「そうなんですか?」
「しかし、自分が仕える相手が想いを寄せる女性。自分の意見を通すわけにはいかないだろ」
「ええ、おっしゃる事はわかります」
「祖父は少し変わっていてね」

紗姫は心の中で「あなたもね」と思ったが、その見た目に免じて飲み込んだ。

「必ず、私の代に私に似合うシンデレラが現れる。空を舞う草履と共に…といつも言っていた。そう、それは本当に亡くなる直前までね。祖父は私に自分の夢を託したかったのでしょう」

キラキラとした目で空を見る翔。正直見た目が紗姫の好みで無かったら、片方靴下のまま走り去っていただろう。残念な事に紗姫もそれほど気持ちを掴まれていたのは間違いない。

「それが私だったというわけですか?」
「そういうわけです。この先、靴が空を飛んでくる事などあると思いますか?」
「よっぽと運がなければ無いと思います…」
「でしょ! ということは運命なんです! なので、この空を飛んできた靴をキッカケに、結婚を申し込みたい」
「えっと…そんな事突然言われても」
「あなたの不幸を救ってあげたいんだ」
「別に私、不幸なんかじゃありません」

確かに、ほんの数十分前、自分は自分なりに不幸だと思っていた。でもそれを改めて指摘されると、否定したくなる。それが人の性と言うものだ。

「いいや、不幸だ」
「なんでそんなに断言するんですか?」
「何故か…それは、君は今の年まで、私に出会えなかったからだ!」
「はぁ!?」
「その不幸を、私の愛で救いたいんだ」
「うげ…」

素直な反応だ。
そんな事を言われて脊髄反射で「素敵な人…」となる人などいるはずが無い。紗姫は顔を歪めて後ずさりをした。

「そんなに気持ち悪がらなくても」
「なりますよ!」

もういい加減にしてほしい。紗姫の性格上、口に出しては言えないが表情では満面に出ていた。

「全て普通の出会いばかりじゃつまらない! こんな出会いでもいいじゃないか」
「困りますっ」

少し強めに言い合いをしている所で、翔の背後から人が走ってくる音が聞こえる。その人物が誰か確認をするより早く「変態め! 紗姫に何してるっ!」という声と共に、翔の頭にバッグがめり込んだ。

「いってぇ!」
「紗姫!! 大丈夫!?」
「み、水音ぇ…バイトじゃなかったの?」
「日にち、間違えたから紗姫を追ってみたら…何なの? この変質者は」
「ち、違うの…」
「変質者とは何だ! 人にいきなり襲いかかるとは凶暴な! たんこぶが2個になってしまうではないか!」
「なぁにぃ〜!? 凶暴だってぇ? 紗姫に絡んでたのはアンタでしょうがぁ!」

その後、水音と翔の怒号が商店街じゅうに響き渡ったのは言うまでもなかった。

モクジモドルススム
Copyright (c) SPACE AGE SODA/たろっち All rights reserved.