FLYING SHOES 4

ススムモクジモドル
男性は混乱する紗姫の手を引くと、自分がいた場所へ連れて行く。無論、片足は裸足のままだ。何しろ、男性は自分の頭に当たったローファーを大事そうに持っているからだ。

「あの、ちょっ…ちょっと困ります」

自分に非さえなければ男の行動は“変質者”だ。こんな怖い人、振り払って逃げてしまいたいが、靴は片方履いていないし、何しろ男性の力が強い。振り切ったところで捕まるのがオチだ。ひとまずここは従って、手が離れた所で逃げる事を考えた。

「私の亡くなった祖父は、とある方の運転手でした」
「は…い」
「ちょうど61年と4ヶ月前ぐらい前の事です」
「えっと、全然ちょうどっぽくないですけど」
「鋭いですね。いいツッコミです」
「あ、すみません」
「いいんです。話を続けます」

男性は話をさえぎるように紗姫へ手をかざす。その不思議な説得力に首を縦に振ってしまった。

「その祖父が、主人の買い物に付き合いにこの場所へ来ていた時です。妹尾正代さんという女性、祖父の話では小柄で可愛らしい女性だったそうです。その正代さんが…」
「待って…せの…お、妹尾正代って、私のおばあちゃん」
「まさか!?」
「そうです。うん、確かに旧姓は妹尾だって聞いた事あります」
「なんという偶然だ…やはり神はいるに違いない。多分どっかそこら辺に」
「そ、そこら辺ていうと何か有難くなく無いですか?」
「いいツッコミだ」

と、そこまでやり取りをして紗姫は気がつく。男性は離すときにジェスチャーが激しいタイプらしく、紗姫からはとっくに手が離れていた。今なら逃げる事が出来る。だが、話の続きが気になる。何しろ見知らぬ男性の口から自分の実の祖母の名前が出ているのだから。

「それでおばあちゃんがどうしたんですか?」
「靴…いや、草履をね、石ころにつまづいて草履を蹴り上げたのです。そして、草履は見事的中!」
「その話は知ってます。今のおじいちゃんの頭に草履をぶつけたのが付き合うきっかけだったって」
「否!」
「きゃ」

男性は人差し指を立てて、大きな声で否定した。

「違うのだ。草履が当たった相手は、君のおじいちゃんではない」
「ええ?」
「私の祖父だ」
「そうなんですか!? じゃあ…どうして二人は嘘を?」
「少なくとも、君のおばあちゃんは嘘をついていない。ついているのはおじいちゃんの方だ」
「何だかよくわからなくなってきました…」
「詳しく話しをしよう」

男性が激しいジェスチャー交じりに続けた話はこうだった。
61年と4ヶ月前ぐらい、まだ整備されていなかったこの場所を紗姫の祖母、妹尾正代は走っていた。用事があったことをすっかり忘れていて、家へ帰るために急いでいたのだ。
しかし、彼女の行く道を拒んだのが小石だった。元々運動神経が良くなかった正代は、草履を突っかけ転んだ。転んだといっても、前面に滑り込む形ではなく、よろけた末に尻餅をついたのだ。そのはずみで草履を蹴り上げ、到着した先は男性の頭だったのだ。
草履を頭で見事受け止めた相手は、瓜生駿介<うりゅうしゅんすけ>。のちに正代の旦那となる灰島輝彦<はいじまてるひこ>の運転手である。

冷静になった正代は、草履が無いことに気がつき、辺りを見回し焦っていた。早く帰らなければならないのに、転ぶというアクシデントに付加して草履をなくしてしまったのだ。
駿介は、困っている女性のもとへ草履を届けようとするが、それを止めたのは輝彦だった。
なんと、自分が頭に当たった事にして、彼女との仲をつないでほしいという図々しさこの上ない事を言ってきたのだ。しかし、輝彦は一応自分の主。言う事を聞かないわけにはいかないし、何の偶然か、実はこの場所に来ていたのは輝彦が前々から正代の事が気になっていて、探しに来ていたからだった。
モクジモドルススム
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