FLYING SHOES 3

ススムモクジモドル
リボンの位置、スカートの長さ、靴下…とここで違和感に気がついた。さっきから歩きづらいと感じていたのだが、どうやらローファーの中に小さな石が入っているようだ。取り除くために片方を脱ぐ。そこでフと思う。もし、だ。もし、紗姫が神様が選んだ人物なら、ここで奇想天外な靴の精みたいなものが謎の煙と共に靴から出てくるはずだ。
…が、中から出てきたのは小石とパラパラとしたゴミだけだった。

「(はぁ…当たり前か。私、ばっかみたい)」

期待はずれのローファーを地面に置き、足に突っかけたその時だった。目の前の狭い道路を、車高が低く、ガラス全面を黒いフィルムで覆っているいかにもな感じの車がものすごいスピードで走りぬけた。この商店街は、歩行者天国ではないが、業者のトラックでさえスピードを落とし、気を遣うぐらい歩行者優先のようになっている所だったので、歩いていた人々は驚き、慌てて歩道へ駆け上がる。そのうちの一人が、ショーウィンドウ前にいる紗姫へ体当たりするようにぶつかった。

「きゃっ、すみません」
「わっ! わわわ」

体勢を崩した紗姫は、背中を強くショーウィンドウにぶつけた。元々が強化ガラスで出来ているから、割れて怪我をする被害は無かったが、ひとつとんでもないことが起きたのだ。
よろけてしまった原因のひとつが、きちんと履いていなかった靴。そう、それをよろけた拍子に思い切りよく宙へ蹴り飛ばしてしまったのだ。
それに気づかず、ぶつかって来た人へ「大丈夫です」と伝える紗姫。弧を描いて飛んでいく紗姫のローファー。周囲の人を含め、何か事が起きたと気づいたのは、男性の叫ぶ声と小気味良い音が発端だった。

パッコーン!

「あいたぁっ!」
「!!?」

静まる周囲。同じく言葉を発さずその声の主を探す紗姫。

「あいてててて…靴…この靴は誰のだい?」
「靴?」
「誰かの靴だって」
「なに? 事故?」

周囲がざわつき始めたと同時に紗姫も辺りを見回す。何が起きたのかはサッパリわからない。その状況を紗姫よりも早く理解したのは、ぶつかってきたさっきの女性で、紗姫へと声をかけた。

「あの靴、お譲ちゃんのじゃないの?」
「え? 靴…アレ!? なっ無い!!」
「蹴り飛ばしたみたいだよ」
「えええっ!?」

自分のいる道路の反対側を見ると、そこには背が高く、整った顔立ち、細身のスーツが似合う男性が紗姫のローファーを高々と掲げている。
「あっ! や、やだ私の靴!」

思わず飛び出た大きな声。すると周囲の人々と靴を掲げた男性が一斉に紗姫の方向を見た。

「わわわ…」
「この靴、君のかい?」
「すっ、すみません! 勢いで蹴り上げちゃったみたいで」

クールな表情のまま男性は紗姫へと近づく。相当頭にきているに違いない。当たり前だ。突然歩いていて靴が頭に直撃したのだ。もし、打ち所が悪かったりでもしたら、もっと大事になり兼ねない。男性が歩いてくる間、紗姫はいくつもの謝罪の言葉を頭の中に並べ立てた。



「あのっ、えっと。怪我とかありませんでしたか?」
「少し…たんこぶが出来るでしょう」
「ほんとすみません…病院とか」
「いえ、そこまでの事ではありませんが、あなたにどうしても伝えたい事があります」
「はい。出来る限り何でもしますので…」

出来る限りと言いながら、親に世話になっている自分にどこまでの事が出来るものか。水音と違って自分はバイトすらしていない。という事は、金銭的なことは全て親に行くのだ。母親の怒る顔が目に浮かぶ。

「見つけました」
「はい」

冷や汗に似た何かがこめかみから伝うような気がする。背中もゾクッとする。血の気が引くというのはこういうことか─。

「私と結婚して下さい」
「は?」
「祖父の遺言通りでした。あなたは私のシンデレラです」
「はあっ!?」

紗姫の隣にいた女性も、成り行きを見守っていた周囲の人々も言葉を無くしたのは言うまでもなかった。
モクジモドルススム
Copyright (c) SPACE AGE SODA/たろっち All rights reserved.