◆輪〈サ-クル〉から逃げられない◆ ―短編―

モドル | ススム | モクジ

 ―3― 

それは、突然起こった。

俺を付回していた奴の正体が割れたのだ。
俺は時計をみるのに飽きて、それを木製の小さな飾り台へ戻すと、
溜息をヒトツついてから体を反転させる。
…その時、ふいに目の端に飛び込んできた人影があって、
俺の心臓は酷く体の内側で跳ね上がった。
目の前の壁には部屋全体を映すような巨大な姿見がある。

「なんだ…か…」

ホッと安堵の溜息をついた…瞬間…目を疑った。

俺の背後に

俺がいる。

鏡に誰かが細工したのか?
それとも昨夜の酒でも残ってるのか!?
「なッ…!」と叫んで背後を振り向こうとした瞬間、背後の俺が、
俺の右肩に自らの手を乗せてきた。
…そのなま暖かい手が、ひときわ現実だと訴えてきて、
俺はたまらなくなって振り向きざまに、肩に置かれた手を振り払った。
「あ…アンタ!だ…誰だ!?」
俺は半ば絶叫していた。俺のそっくりさんは、けひっ、と奇妙な声を出して笑うと
俺にそっくりの声で言う。
「安心しろよ…お前は俺だ。俺はお前なんだ。今から説明するから落ち着いて、聞け。」
私は君の気味の悪さを抑えながら静かに…そして出来るだけ丁寧に言った。
「う…嘘つけ…!そんな筈あるわけないだろッ…」
そうだ、あってたまるものか。だが言葉は続かず、胸の中で反響して体の何処かへ
落ちていった。男はった。
「オイ、他人行儀だな。そんなに畏まらなくてもいいじゃないか。
だってお前は俺なんだから。」
俺にそっくりな男は嫌らしい笑いを私に向けた。
私は胸が悪くなり、眉をしかめる。
まさか、天涯孤独と想っていた私に、双子の兄弟がいた?
嫌、それは有り得ない。両親が死んだ時に戸籍も全て調べ上げた。
じゃあ、こいつはいったい誰なんだ?
だが、確かにこいつは家のセキュリティもなんなく抜けてきている。
この家のキーは基本的に、静脈認証だ。…彼女と俺以外は、二人の意志がなければ
他人に決して門を開くはずナイ。どんな技を使ったのか、全く謎だった。
言葉を無くしている俺をみて、“そっくりさん”は笑いながら言う。
「どうやってあのセキュリティを抜けてきたか謎って想ってるな?
まぁまて…今 順を追って説明するから。まず、これをみろよ。」
“そっくりさん”は左のポケットから四つにたたまれた薄汚れた紙切れを一枚取り出した。
それは、あちこちに赤茶けたシミがあり、なんとなくゾッとする様な雰囲気を放っている。
「なんだよ…?」俺が尋ねると、“そっくりさん”はニヤリと薄気味悪く笑って、言った。
「コレはな、俺達を救ってくれる…まぁいわば護符…みたいなもんだよ。
俺は、コレを使って、ココへやってきた。…いや…いや…怪しむのはまぁ解る。
俺もそうだっ…いや、そんなのはどうでもいいな。それよりも、まぁきいてくれ。
実は俺、結婚式の三日前からやってきたのさ。」
それは…今日のコトじゃないか?
「それは今日コトじゃないか、って想ったろ?」
考えている事をまんま言い当てられて俺の顔が引きつった。
「「想ってなんかいない!いるワケないだろうッ!!」」
俺は叫んでしまってから絶句した。
何故なら“そっくりさん”も全く同じタイミングで同じ声で叫んだから。
意味が…全く解らない。
こいつ、いったい何なんだよ?
俺は薄気味悪さに加えて、胸が悪くなりそうだった。
「…あんた…なんなんだよ…」
俺は吐き捨てる様に言った。
そっくりさんは答えた。
「だからお前は俺だって。」
ますます真剣な目を、ギラギラさせて俺に近寄って来る。
「いったい何が望みなんだ。」
「指輪だ。」
男は喉仏をぐるりと動かした後、ハァッと息をつく。
「実はな…まさにこの後…ちょっとしたトラブルのせいで、
オマエの左指のその指輪をなくしちまうのさ…“おれたち”は。
でもな、安心しろ。俺に今、この指輪を渡しくれりゃあ、俺…すなわちお前は、
無事に結婚式を挙げられるんだ!!」
男は俺にぐいっと近寄ってくる。俺は思わず後ずさった。
「お前はまた過去へ行って、3日前の俺…すなわちオマエから
指輪を預かってくればいいんだ!簡単な話だろ?
…お前、俺だろ?なら俺が言いたい事、解るよな?」。
「…。」
言葉がでなかった。むしろ返答する言葉も見当たらない。

だがもし、ここでこの目の前で必死に力説する俺と瓜二つの男を信用して…
コイツの言っている事、全てが嘘だったら…!?
俺は彼女と結婚する以前にただの愚か者だ。

じるか?

じてくれ!」

じないか?

「頼む、じてくれ!!!」


俺の目の前で、俺が絶叫している。
俺は言った。
「無理だ。渡す事は出来ない。」
目の前の俺は、本当に鏡みたいにピタリと動きを止めて、俺を見つめている。
俺は額の汗を腕でぬぐった。
冷房が十分すぎる程効いている部屋だというのに、体中汗びっしょりだった。
「大体あんたが、俺だって証拠はドコにもない。なんなら警察でもなんでも
出るトコでてみるかい?医学的にも証明してみて…それで何もかもが俺と
同じだって証明されたら信用するぜ?」
「そんな時間、俺にはないよ、解るだろ?」
「ワカラナイね。大体、こうしてシッカリ指にはまっている指輪をさ、
俺がを失くすなんてヘマするかなぁ…?俺だったらそんなマネしない気がするけどね…」
と、言い終えるか終えないかの所で、自称俺が絶叫した。
俺は驚いて、本の少し後ずさる。
が、そんな事はおかまいなしに、相手は物凄い形相で飛び掛ってきた。
「いいからよこせぇえええッ!
俺はお前だ!!間違いないんだ!!!」
「離せ!やめろッ!!」

とんでもない力だった。ヤツは、必死で俺から指輪を奪おうとする。
俺は必死にそれを阻止しようとする。
俺たちは獣みたいな唸り声をあげながら、揉みあった。

端から見たらどんな風に見えるのだろう。
何から何まで…気味が悪い程そっくりな二人の男…。
そんな思いが支配する。何秒間でもないのにスローモーションの様に長く感じた。
その時、俺の脳裏に更に恐ろしい考えが浮かんだ。

―オレハ、フタリモ、イラナイ…
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) SPACE AGE SODA/犬神博士 All rights reserved.