◆輪〈サ-クル〉から逃げられない◆ ―短編―

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今日は結婚式の3日前。
軽い頭痛と吐き気で目が覚めた俺は、鉛の様に重い体を無理矢理ベッドから引き離す。
昨夜、知人達を招いた婚約披露のパーティで少々飲み過ぎたのが祟ったらしい。
…隣には既に彼女の姿はなかった。
…そう言えば友達と買い物へ行くとか言ってたな。
優雅な事だ。
俺は何気なく音の方向へ目を向けた。俺はガウンを身に着けながら、周囲をゆっくり見渡す。
壁には子供の頃に美術の教科書なんぞに載っていた、有名画家の何千万もする絵が
威風堂々と飾られ、巨大なクリスタルガラスの花瓶には、香りのイイ高価な花が
何十と咲き乱れている。心地よい冷気を放つ、巨大な大理石の柱。
一歩を踏み出すごとに、足をそっと包み込むような深紅の絨毯。
反対側に体を向ければ、大きな窓があり、美しい白いテラスの向こうには、
翡翠の庭が広がっている。

これが残りの3日後には、便宜上全て俺のモノになるんだ…。

俺は笑みを浮かべて左手を太陽に透かす。
そこには美しい彫刻をあしらった、いぶし銀の指輪があった。
昨夜、彼女から渡されたペアリングだ。
なんでも海外の有名なデザイナーに頼んだと言う、とんでもなく法外な値段のシロモノだった。

『なくしちゃダメよ。この世に同じモノはヒトツもないんだし、
国宝級って言ってもイイ位最高の指輪なんだからね…。』

彼女は恩着せがましくそういいながら、皆の拍手喝采を浴び、
自ら俺にこの指輪を嵌めた。有る意味俺を縛り付ける、手錠…
いや、指輪だから指錠か?くだらない思考に思わず苦笑した。
勝利者にして、囚人の証となる左の薬指の婚約指輪が、
真夏の太陽の鋭い光を反射して、鈍い銀色にチカチカと輝いた。
俺はベッドを離れ、昨夜、宴のあった部屋へ足を向ける。
綺麗に片づいていて、ガランとしていた。肌寒い程空調が効いている為か、
ガラスの向う側で蠢くじりじりとした熱気とは裏腹に部屋には時計針の音しか聞こえない。
そこには、指輪と同じ、上品な銀色をした時計があった。
指輪と同じデザイナーが作ったのだと、彼女が自慢げに話してしていた。
俺は指輪と時計を見比べた。なるほど、デザインは良く似てる。
『無くしたりしたら大変よ…本気で婚約破棄よ?結婚も無かったことにするわよ。』
フン、と鼻を鳴らし、時計を手にしてみる。

ズシリ…

随分と重量感がある。
時計は銀製で、上下の台座が、指輪と同じ彫刻の彫られた四つの柱に支えられている。
中央に円形の時計があった。冷たく、滑らかな手触りだ。
秒針が滑らかに白蝶貝製の文字盤の上を流れていく。
…二つの針は、既に午前八時を示し、殆ど目に見えない早さで

…ゆっくりと回転し、時を刻んでいた…。



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