旭日昇天銀狐

第4章−4 急転直下

が、そんな事は気にも留めず亀山は悠々と朝彦達の背後を通り、受付に声もかけないで通り過ぎて行く。朝彦の目は至極冷静だ。通り過ぎる亀山の人となりを五感六感を駆使して感じ取っていた。
朝彦の判断はこうだ。……亀山は芸能人独特のオーラと言う物は確かに存在している。だが、恰幅が良いと言うよりも醜く肥えており、顔は化粧や証明で処理をしていないせいもあるのか、ポスターやテレビで見るより肌つやも老人のそれだった。朝彦と一堯がパンフレットスタンドや、植木なんかと変わらないただの置物同然に映っていたとしても、世話になる会館側の受付をないがしろにする辺り、冷酷な部分が強い様だ。

「オイ、岩木ッ」

ハッ、と前を歩く部下の左側が振り向いた。

「“アレ”はどうしたっ?!」

随分立腹した様子だ。それとも営業用の仮面の下は常にこんなカンジなのか。岩木と呼ばれた男は別段気にする様子もなく「はぁ」と気のない様な返事をしている所をみると、朝彦の答えは正解らしい。

「ああ、ようやく今車を降りた様ですね」
「ち…どうも奴はドン臭い所があるな、それが困るんだ」

亀山は立ち止まり肩越しに背後を見ている。ドン臭い、と言う表現を使う所を見るとアレと形容されたのは“人間”なのだろう。亀山にとって人間はやはり物と一緒と見える。
その後すぐに静かな音を立てながら入り口の自動ドアが開いた。
入ってきた人物を見て朝彦の血が突然ざわつき、鼓動が跳ねる。……美少年、だった。
だが暗い双眸をしており、長めの髪で美しい顔は覆われている。線が細く今にもその辺に溶けてしまうのではないかと不安になる程自分の存在を消していた。
朝彦は亀山ではなく彼から目を離せなくなった。

その時だ。

少年が顔をあげた。
二人の目があう。

朝彦は一瞬困惑した。この子は……? 何処かであったか? と自問自答する。が、幾ら自らの記憶に必死で検索をかけてみても答えは出ない。が、そんな暗闇を走る細い光の線に似た数多の思考は亀山の怒号で切断された。

「オイ! 行くぞ、麗一ッ!!」
「あ…、ハイ…」

少年は朝彦からそっ…と視線を逸らすとそのまま亀山の後を音もなくついていく。
亀山の一行はそのまま更に奥の扉へと姿を消した。
朝彦はその細い後姿を思い返すと、なんとも言い知れぬ気持ちになった。…が、困惑の表情を一堯に気取られない様、スと表情をいつも通りに戻し、右手の小指をたててぴこぴこ動かしながら言う。

「キレーな兄ちゃんだな、亀のコレかね?」
「師匠、男だから小指は違うんじゃ…」
「うるへー」

答えながら朝彦は思う。
……あの少年が亀山の何かは……まぁ大体想像はつくが……だが彼のお陰で益々亀山の本性が剥き出しに出来た。亀山は自分の欲望だけを満たす為にどこまでも貪欲になるタイプだと認識する。ヒントを幾つか入手出来れば亀山ごとき既に朝彦の前では丸裸同然。自分の最初に見聞きした情報は間違っていないと言う確信の元に、たっぷり偽善を注ぎ込んだ虚構に満ち満ちたお前の“自伝”を書いてやろう…朝彦は不敵な微笑みを浮かべると、一堯の肩をポンと叩くと言った。

「さ、もう行こうか」
「え? もういいんですか? 受付のねぇちゃんまだ戻ってませんケド?」
「ああ、亀山と擦れ違えただけで十分さ。俺は一瞬でいいからナマで野郎のツラを拝みたかったのよ。これ以上拝んで話しを聴いても後は同じ事さ」

朝彦はそういって駐車場の方へくるりと身体を向け歩き出す。
一堯は頭を掻きながらその後を追った。


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