旭日昇天銀狐

第4章−3 急転直下

「あんのぉ〜…済みません」

一堯が関係者受付の女性に声をかける。先程、上で対応していた女性よりも頭の良さや客への対応も数段ランクが上と言った感じである。
彼女は一堯の人相を一瞥するとキチンと頭を下げ、営業用の微笑みで

「お客様、大変申し訳御座いませんがコチラの入り口は関係者のみとなっております」

と、やんわり丁寧に…しかしきっぱりと出入り禁止用の文句を述べた。

「いや、そうじゃなくてちょっとお伺いしたい旨が…」
「それでしたら大変申し訳御座いませんがこちらではなくホールの入り口の方でお願いしたいのですが…」

一堯が彼女と話している間に朝彦は視線を逸らし、周囲の様子を伺う。受付の先にはもうヒトツ入り口があり、そこには派遣会社のガードマン二人と、屈強な黒服の男が二人の計四人が控えている。黒服は恐らく亀山の部下…ボディガードだろう。彼等がそこにいると言う事はどうやら亀山の帰還はさっき上で聞いた20分強と言う数字よりも、間近なのかもしれない。

「いや、私達はですね、法王出版の…」
「申し訳御座いません。ここでは対応出来兼ねます」

受付嬢の態度は相当に頑なだ。亀山の力が相当のモノだと言うちょっとした暗示と言える。こりゃあ一堯には今回の女性を攻略するのは少々荷が重そうか? と朝彦は見て、脇からソッと一堯に近寄り、微笑むと彼女に言った。

「申し遅れました、私法王出版の桐生ミサキと申します。彼はカメラマンの寺山君。この度、亀山先生の著作を我が社で担当させて頂く事になりまして。あ、これまた遅れましたがコチラが私の名刺です」

朝彦の恐ろしい所の一つはこの急激に変化(へんげ)する表情があるだろう。今回の様に相手に不信感を与えない表情を一気に作りあげ、相手を安心させると言うやり方を取って見る事もあれば、場合によっては一気に喧嘩腰になってみたり、涙なくしては見られない様な人物像を作り上げる。一種役者じみた行動を取るのだ。変化(へんか)ではなくまさに変化(へんげ)と言っても過言ではないかもしれない。そしてむやみやたらと嘘をついたり騙したりするのではない。必要に応じて“化かす”のだ。

案の定、名刺をすんなり受け取った受付嬢は既に朝彦の雰囲気に呑まれ、化かされているのに気付かない様子だ。一堯はこんな事がある度に、一種の催眠術師だよなぁ、と思わずにいられない。
受付嬢はまじまじとその名刺に見入っている。朝彦はそんな彼女に囁く様に言う。

「亀山先生に取材の申し入れを申請してあったのですが……こちらには連絡が来ておりませんでしょうか?」
「ええ…」

受付嬢は半ばうっとりとした様な表情で頷いた。名刺から目をあげて今度は朝彦に視線を移す。朝彦の視線に彼女の視線が絡めとられ、彼女は益々ぼんやりしている。

「ご連絡は…承っておりませんけれど…」
「では、大変申し訳ないですが、亀山先生に至急我々の事を取り次いでは頂けないでしょうか?」
「かしこまりました…上司に相談して参ります。えぇと…桐生様…ですね。こちらにご記名願えますでしょうか?」

彼女はペンスタンドのついている記名帳を差し出すと、名刺を持ったまま奥の部屋へ姿を消した。

「一堯、桐生の名前書いとけ」
「わっかりましたー」

一堯がペンを取り、ミサキの名前を書こうとしたその時。

地下駐車場に続く出入り口から流れてくる空気が一瞬張り詰めた。

朝彦は丸で獣の様にハッと顔を上げるとその空気の流れの先を視線で手繰り……5m先の地点の標的を見つける。関係者のみのその駐車場でも良く目立つ真っ白なクラウンがスゥッと乗り付けてきた所であった。車から運転手が転がるように飛び出てきて、会場入り口に近い後部座席のドアを開ける。
その中から出てきたのは、先程一階のホールで見たポスターの中の男……亀山梅蔵だった。

自動ドアが開き、外部からの空気と共に、体躯の良い部下二人を先頭にし、洒落た紋付の羽織に着流しでのそのそと亀山は歩いてくる。

その気配を一堯も感じて一瞬顔を上げたが、傍にあったパンフレットを手にとって知らぬふりをした。下手に目を合わせて面倒ごとや騒ぎにならない方が良いと判断したのだ。


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