旭日昇天銀狐
第4章−1 千里眼
孔雀町……
この町はいわば旧約聖書で言う所のソドムにも似た場所だ、と常々朝彦は思っている。
ありとあらゆる人種……すなわち日本人・外国人・老人・中年・青年・子供・女・男……、そのありとあらゆる者達が快楽を求め、昼も夜も自らの性質に苦悩したり歓喜したりしている。その裏側で犯罪とそのスレスレの行為を求めて何者かが這い回り、怪しく緩急をつけ蠢き暗躍する。淫靡で奇妙で危険を孕んだ何が飛び出るかサッパリワカラナイおもちゃ箱に似た……そんな場所。
小さなソドムが人々の中に潜んでいるのだ、と。
案の定、そこで彼は色々な人間と出会っては別れ、別れては出会ってきた。
そして……今も尚、その不可思議は“この場所”……孔雀町で起こっている。
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孔雀区孔雀町と熊野区熊野町の境目を通る国道。
その通りには大きな有名企業のビル郡が見事に立ち並んでおり、そこを一本入った道沿いに孔雀区民文化会館と言う建物がある。三階建てで、一階二階が一部吹き抜けの二千人は収容できる音楽芸能のイベントに適した大きなホールになっており、それとは別に区民が気軽に利用しやすい小ホールも三つ備わっている。その地下には芸術関係に適した大小の展示場が存在しており、色々なジャンルのコンサートやライブ、展示会などが入れ替わり立ち代り日々行なわれている。その場所に朝彦と一堯の二人は訪れていた。
朝彦は、会館の入り口に張られた派手な装飾のポスターをじっと見つめている。……いや、見つめていると言うよりも睨んでいると言った方が正しいだろう。
「師匠」
「……」
一堯の呼びかけに対して反応しない。瞬きもせずしらっとした表情のままだ。まるでそのポスターから何かを読み取ろうとしているかの様だ、と一堯は思う。
そのポスターの中の人物……それは亀山梅蔵である。二人は今亀山の身辺を洗っている真っ最中なのだ。
亀山の自伝のゴーストを引き受けたのは朝彦にとってそれ相応の金が懐に入れば、全く問題はないコトだった。だが、自伝で綺麗事を書くにしても朝彦自身がCDやテレビ等の媒体を通して亀山の歌声を聴き・姿を見た時に感じた、あの嫌ァな雰囲気が奴の本質であるかどうか、直接目で本人を間近でみて確かめておきたかったのである。本の一瞬で良かった。擦れ違えば朝彦には大抵の事が読みとれる。
朝彦は尋常でない位“勘”が鋭い。
彼には人の微細な変化や人となりを初見ですぐにキャッチできる、第六感とも言うべきアンテナが備わっている。いわば稀な人間だ。
彼は恐らく亀山の自伝を書くだけでは済みそうにない何か……ココから端を発するであろう、遠くない未来に起こりそうな“別の事件の匂い”を、既に嗅ぎ取っている。
それは自分自身にとってもどうであれ避け切れない“宿命”の様なものだ、と感じていた。
「師匠 !!」
二度目の一堯の呼びかけに、流石にハッとして朝彦は彼を見上げる。
「おお、スマン」
「何で亀山なんかに見とれてんすか !?」
一堯のその言葉に朝彦は口をひんまげ、嫌悪の表情を示す。
「なんに見とれるって? 幾らなんでもこんなオッサンに俺が見とれてどーすんだよ !」
「でも真剣に見てたから…」
「どうせ見とれるなら綺麗なねーちゃんにするわ。好き好んでオッサンなんざ見やしねぇよ。オイ、それよりタートルマウンテンチェリーボックス君が来る時間は解ったのか? 」
「タートルマ…なんか卑猥な言い方だなぁ! …ええ、解りましたよ。受付のねぇちゃんが軽いタイプだったんで助かりました。てか、もう既にココへは来てるらしいんですが地元の有名店に昼食に出てるらしいです。14時には戻るってましたから後20分強ってトコっすかね。リハーサルは15時位だそーですよ」
朝彦はふーん、と呟き肩をすくめ
「スケコマシはこういう時役得だな」
と笑って会館の裏口に向かって歩き出した。
「ちょ…師匠ォ〜、勘弁してくださいよォ」
この日、外は10月になろうと言うのに夏にも似た変な暑さである。
経費削減の一環なのか、会場前の入り口付近の待合室は冷房を切っているらしくかなり蒸していた。一尭はジャケットの前を握るとはたつかせてから、顔に伝う汗を拭う。師匠は暑くないのかと気になって横目でチラリとやると、冷静な顔をしてはいるがやはり汗が顔を伝っていた。
それを見て改めて師匠に暑い思いをさせない為にも早く行動に出ないと、と考える。
「兎に角ですね」
一尭は真面目な表情を取り繕うと胸を張った。
「受付の女の子達の話だと、どうやら関係者の専用駐車場があるみたいで。そっちに亀山は入るみたいですよ?」
「て、事はこのままココにいても亀山の姿を拝むこたぁ出来ないって訳ね…ま、当たり前だわなァ」
朝彦が言うと一尭は頷き答える。
「師匠、一度地下駐に戻りませんか? どの道亀山が来るのはそっちって事になるならば、こんなクソ暑いとこで待つよりクーラー効いた車ン中で待ちましょうよ」
そうだな、と朝彦は案外アッサリ納得すると、今度は地下駐車場へ足を向けた。
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