旭日昇天銀狐

第3章−8 千里眼

結局、ユーカ(と言うかユーカの事務所)と携帯小説作家のバトルは、一堯の読み通り小説家側の敗訴で一件落着した。
この件で朝彦は一堯を伴ってユーカの事務所側に、法に基づく論攻めで揺さぶりをかけた。そのおかげで、朝彦の存在が表沙汰になる事はなかったし、事務所側も商売柄、適当と言うかいい加減なので相変わらず朝彦に仕事を依頼してくる。そんなモンなのだ、世の中。

まぁその事件がきっかけとなって、年齢が離れてはいるが二人は戦友の様な間柄になったと言ったワケである。

無論師弟関係の口約も生きており、一堯は忙しい合間を縫っては、朝彦に少しずつ添削をして貰いながら例の自伝もせっせと地道に書き綴って行った……のだが……。

そう、この自伝小説が三人の嫁達とのケンカの原因となってしまったのである。

当然原稿が仕上がったら自費出版し完全に出来上がってから嫁達には説明するつもりで、少しずつ預金をしていた。……が、ひょんな事からその預金が嫁達に発覚。
たまたま中学に進学した娘と息子がいて、高校へ進学する息子も一人いるので、金は幾らあっても困りませんと言う状態だから、反論し辛い立場だった。

「カズタカに小説なんて無理よっ!あたし、あんたを学生の頃から知ってるケド文才ないものッ!!」

どぎつく言うのは、嫁の最年長“るい”。
バーの経営者でありママをやっているシッカリ者。挙句、一堯の同級生だから一堯の弱み強みをほぼ心得ている為、遠慮ナシで痛い所をガンガン突いて来る。

「そーそー、時間のムダ!!それより仕事してっ!!」

るいの援護射撃をするのは嫁最年少の“くらの”。
ビューティーサロンの店長を務めており、これまた頭の切れる女性だ。

――このアマどもー……!男の夢をブチ壊すデザイアーか!てめぇらはっ!!

言葉に出来ず胸の中で叫んで怒りに打ち震えていたが、そこでもう一人の嫁の存在を思い出した。

「みかっ!お前だけはオレの味方だよなっ!!」
「え゛っ!?」

振り向きざまに叫んで見つめた “みか”の顔が笑顔のまま静止している。嫌ァな予感が一気に一堯の胸中を支配する。

「カズさん」
「なんだい?みかっ!」
「人間にはね、得手不得手って…あって当然だと思うのv」

―…そういやコイツ御茶ノ水女子大文学部主席だったのをスッカリ忘れていた…。

完全に四面楚歌の様相を呈してしまい、一堯が悶えるのを横目にるいが冷たく一言を放つ。

「てか、絶対朝彦さんが一枚噛んでるデショ…?」
「あ゛ぁっ!?」
「朝彦さん、凄くカッコよくてやさしくて気前良くて、アタシ、大ッ好きだわよ?! でもさ、才能のナイ一堯に書かせよーなんて、余りに大胆で無謀すぎるわっ! 荒唐無稽よ!」
「こうとうむけッ……そこまで言うかぁ!? つぅか師匠の事、悪く言うなあぁあっ! もぅいいっ! お前らなんか大ッ嫌いだぁあ!」

こうなると一家の主は誰だか解らない。形勢不利と判断し、負け犬の遠吠えを残して半べそをかきながら一堯は家を逃亡した。

「あっ! 待てこの!!」
「逃げるかっ、貴様っ!!」
「カズさあぁあん!」

背後で嫁達の声が聞こえたがもぅ聞こえないフリだ。
……無論、嫁達の言う事は一理あるのは解っている。

――でもここで、車だって丸2年新車にしてないんだぞ!酒と煙草位で贅沢だってソコまでしてねぇじゃねぇかっ!

…と叫んでみても結託した女性陣には叶う筈がない。

灼熱の太陽の下、一堯はひた走る。

少し愚痴でも聞いて貰おうと、師匠の自宅でもある職場へ急いで来たと言うのに……。
師匠の住むアパートの部屋のドアを開けるとソコには見慣れない靴が揃えておいてあり、リビングの方からナニやら楽しげな話し声が聞こえて来て、一堯は妙な不快感を覚えた。
音を立てない様にソッとリビングのドアの前まで来て様子を伺う。
仕事の話をしている様だが、一堯の知ってる限りの朝彦の知人の中では聞き覚えのナイ声だ。朝彦は性格上、信頼している友人同士を合わせるのを好んでいたので、朝彦と知り合ってからの彼の人間関係はある程度把握している。
だとしたら新規の依頼人か?と聞き耳を立てた。

話し声は続く。

「悪く言うつもりもナイんですが、ウチの社長はどうも家族、友人間にはルーズになるらしくて……。依頼主が長年の友人だったって事もあって、スッカリ適当に返答してたらしいんですよ。そしたらレコード会社側から正式に改めて依頼があったんで肝を潰したみたいですね。……半年ですよ? 半年! それを放り出してたって言うんだから呆れてモノが言えないです」
「で、君が割り食っちゃったのね。成る程、そりゃあご無体な話しだわ」
「はい、無茶振りもイイ所ですよ」
「そんでゴースイトライターを探さにゃってトコで俺に出喰わしたってワケ」
「ええ、神様なんか信じてはいませんが、本当に天恵かと思いましたよ」
「アンタの運が強いんだよ。そりゃあ」

と、突然朝彦は「すんません」と言うと、会話をやめて背後を振り向いて言った。

「一堯か?」

……あっさりバレた。
相変わらず異常な程の勘の良さに観念して、一堯はリビングのドアを開ける。

「またオメェは俺を脅かすつもりだったな。コノ」
「え……えぇ、まぁ」
「まぁいいや、座んなよ。あ、紹介するわ。さっきそこの路地であって意気投合したんだ。
桐生ミサキ君だ。まぁ二人とも仲良くしてくれぃ」

一堯は頭を掻きながらリビングへ入り引きつった笑顔のまま、師匠が示す青年を見る。
一堯に見られたその青年……細身でいかにも頭の切れそうな美男子……ミサキは、少しズリ落ちたサングラスのブリッジをくぃっと中指で上げると一堯を見て不敵に言った。

「よろしく。法王出版で編集者をしております、桐生ミサキと申します」
「どうも、はじめまして。弁護士の平手一堯と申します」

二人の目が合う。その次の瞬間二人の脳裏には同じ言葉が浮かんでいた。

――なんかコイツ、イケすかねぇ……!!

が、朝彦はそんな事全くお構いなしでニコニコ笑いながら言う。

「桐生さんあのな、コイツ俺の弟子みたいなモンなのよ。まぁ仲良くしてやってくんなぃ」

師匠の機嫌の良さそうな顔を見ると一堯は何も言えなくなる。会って数時間のミサキも同じであった。

当の朝彦はと言うと、当然二人の腹の中は読めていた。大抵、朝彦は相手の心が読めてしまう。隠し事が無理……そんな類の人間だ。
二人の見た目、性格……丸で水と油だ。同じ所があるとすれば、頑固で実は根が真面目と言う所。だから御互い譲れないし相容れない。二人がこうなるであろう事は想定内だ。
だが朝彦は、そんな単純で表面的な事象等どうでも良かった。
……他の人には到底見えない・感じない部分で、ぼんやりとした“未来”を感じている。

この二人は、今後、自分の身にも二人の身にも起こるであろう“事件”にどうしても必要な人間。
そして、二人が同じ目的の為に持てる“力”を合わせた時、きっとお互いの……ひいては朝彦自身を助けるに違いない。

巨大な運命の歯車が軋んだ音を立てて動き始めた。



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