旭日昇天銀狐

第3章−6 千里眼

「あの…手…どうかされたんですか?」
「え?手?」
「ええ、右手…。ずっと動かしてらっしゃるので。」
「ありゃ。」

朝彦はきょとんとした顔で自分の右手をみた。どうやら無意識でやっていた様である。
そんな自分を自嘲する様にくっと笑うと彼は言った。

「失敬。仕事道具だから手は大事にしないとイカンのですが、昨日ちとやらかしちまいましてね。年甲斐もなく…あぁ、痛いワケじゃないからご心配なく。ま、仕事のし過ぎ……とでも思ってておくんなさいよ。」
「イヤ、いいんですが……」

実は朝彦、昨夜 絡まれた若者相手に腹立ち紛れにと年甲斐も無くケンカをし、利き手の右で一発ボカンとお見舞いしてしまったのである。仕事道具だから手は極力大事にしているつもりだがなかなかどうして大人になりきれないと目下反省中だったのだ。にしても、この若い弁護士なかなか細かい所にまで気が付く男だ、と朝彦は感心する。そう思っていた所で一堯が質問して来た。

「所であの、個人的な興味で大変恐縮なのですが、佐々河さんはその……今までどの様な方のゴーストをされてこられたんですか?差し障りのナイ程度で良いので何かお聞かせ願いたいんですが……」

朝彦はまたきょとんとする。
今までも自分の職業を知ると、「有名人とお近づきになれるのではないか?」とか「話の種になるだろう」とかの興味本位で彼の仕事に興味を持つ者は多数いた。が、一堯の尋ね方は微妙に違う。本当に朝彦の書いている“本”に興味がある様だ……と、朝彦は一堯の言葉をそう読み取った。
朝彦はんん、とヒトツ咳払いして言った。

「ま、一応ね依頼主がある事なんで他言無用でって事でお話しましょう。平手さんはなんだか面白そうだし信用できそうな人だしね」
「きょ……恐縮です」
「そうだなぁ。一番言っても差し障りナイって言えば結構昔になりますが……創作小説の桃ノ木春助って。彼の“永久門外不出”とか初期のは殆ど私ですよ。……自伝だと大学教授で鈴木三樹人“人畜無害”をはじめとする三部作……。 後はそうだなぁ、元ニュースキャスターの米澤元の代著作もかなり私が担当しましたよ。最も彼の場合は代筆でしたがね」

ソコまで聞いて一堯は開いた口が塞がらなくなった。どれも若い頃散々読んで今でも手元にある本ばかりである。こんな偶然ってあるのだろうか?もしかして、もっと聞き出せば、自分が好きで読んでいた本の中にまだまだこの人があるかも知れない……。そう考えると、丸で走り込みをした後の様に動悸が早くなり、額に汗が浮かんだ。

「まぁ生で原稿なり私の家のデータなり目で見なけりゃ信憑性は薄いでしょうがね。ま、信じるも信じないもアナタ次第ってヤツですな。 ……で、平手さん話は戻りますが。」
「はい。」

朝彦は煙草を揉み消すと、身を少しだけ前に乗り出す。

「ま、多分…今の平手さんのお話なら、大事にゃ至らんとは思うんですがね。 もし、何かあった時はお力になって頂けるんでしょうかね?」

テーブルを挟んでいるとは言え、朝彦の顔がぐっと近寄って来たので一堯は硬直した。香水をつけているのか、ふわりと何かの花を連想させる良い香りが漂う。その香りでハッと気付いて一堯は首を縦に振ってコクコクと頷いた。

「ええ、もちろん、もちろんですとも。」
「そりゃ良かった。宜しくお願いしますよ。で、本日の相談料なんですが…。」
「ああ、料金ですか…………っ!!」

そこで一堯は閃いた。
本来弁護士への相談料は30分で五千円と相場が決まっている。
が、ここは一発、恥を忍んで無茶なお願いをしてみよう、と。

「あの。今日の所は…料金、タダでいいです」
「!? ……はいぃ?!」

朝彦が素っ頓狂な声を上げた。



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