旭日昇天銀狐

第3章−5 千里眼

朝彦は、最近人気急上昇中の女性シンガーソングライター“ユーカ”のゴーストを、彼女の所属する事務所からの依頼で担当していた。
実はユーカはシンガーソングライターと言う名目だが一切作詞作曲は出来ない。歌唱力も三流。だが、アイドル的要素だけで売り出すには今ひとつインパクトが足りないと、何を思ったか事務所側はシンガーソングライターと言う無茶な名目をくっつけて売り出した。

が、事務所側が金に糸目をかけずテレビ・ラジオ・雑誌とジャンル問わずマスメディアに露出させたのが功を奏したか、彼女はあっという間に売れてしまったのである。

先にも言った通り、無論彼女は作詞作曲なんぞ出来ない。
だから、歌詞は朝彦、作曲は音楽系のゴーストライターが担当する事になった。
で、その仕事を請け負ってかれこれ一年半経った。

そんな時に事件は起きる。

今年の3月頃にユーカがリリースした新曲。
実はそれ、珍しくユーカが一部分だけ書いた歌詞が存在した。
ある日突然、事務所を通して『この一文、ユーカが書いたモノだから、コレを中心にして歌詞作って』と言う依頼が来たのである。
まぁ仕事だから請負はしたが、何か得体の知れないイヤな気分に成ったと朝彦は言う。

そして、案の定4月に騒ぎは起きる。
ネット上でファンが「人気携帯小説の一文を丸のまま使用している箇所がある」と指摘したのだ。それを耳にした小説の作者がTVで取材を受け「告訴も考えている」と言ってしまったからサァ大変だ。

「結局ね、事務所側は俺に責任をおっかぶせたいらしいのよ。俺の存在も暴露しても構わない位の剣幕でね。でも俺としては勘弁願いたいんで、会社側に叩きつける何かこぅ…逃げ道と言うか、対応策を考えておきたくてね」

成る程、大企業に良くありがちなテだ。そう思い、一堯は尋ねる。

「その歌詞のユーカが書いたって部分は、間違いなく小説と同じなんでしょうか?」

ああ、と朝彦はポケットから四つに折りたたまれた紙を広げる。

「一応問題の部分をピックアップしてきたんだが…見てもらえますかね?」
「お預かりします」

一堯は用紙を受け取り目を通す。
問題の箇所にピンクの蛍光ペンでチェックされていた。

「結局下調べまでアンタがやらなきゃダメだろう位の事言われちまいましてね。このままじゃ100%俺が悪い事にされ兼ねない」

問題の文を読んで一堯はとある点に気が付き思わずボソッと呟いた。

「文章の反転と変換…?」
「んあ?」

朝彦が言葉に反応して身を乗り出す。

「いや、ちょっとした疑問なんですがね。ホラ、コレ。原文は
“恋を失っても愛が残ればいいよ。このゴミ箱みたいな世界もきらめいてみえる。”でしょう? でも歌詞の方は
“愛が残れば恋を失ってもイイよ。ゴミ箱みたいなこの世界が煌いてみえるね。”になってるじゃないですか。コレは…?」
「うん、俺が変えちゃったんだ」

朝彦は肩をすくめる。


「いや、ちょっとした悪フザケのつもりだったんだがね。そのまま言う事聞くのも癪だったんで…ちょいと試してみたのよ。ユーカもマネジャーも気付かなかったりして…なんて思ってさ。でもナンも言われずそのまま通っちゃったんだよなぁ。ニュアンスだけで記憶してたんだろうね、あいつら。…それより不味かったかね?」
「いいえ、言い方悪いかも知れませんが、逆にお手柄ですよ。ぶっちゃけコレなら勝てますね。しかし…コレ、言い出した小説家は勝てないですね。こう言うパターンの場合、一語一句全てが同じでないと、裁判では通用しないんですがねぇ。考えないで言っちゃったのかな…? デメリット大きそうだけど…」

一堯の言葉に朝彦も頷く。

「最近の世間様の考えってのがね、俺はイマイチ解らないんですよ…。話題作りの為にやってるのかも知れないなぁ。メディア流出されるとね、人っておかしなもんで、話題に乗り遅れちゃいけねぇって思うのか結構飛びつくってカラクリがあるからねぇ」

朝彦は、あぁ、と溜息をつきながら、右手をずっと気にして何度も動かしているのに一堯は気が付いた。気が付いたのはいいが今度はそれが気になって仕方がない。

「大体そのフレーズは依頼人がどーしても入れてくれって言ったモンなんだぜ。」

朝彦は不機嫌そうに言いながらまだ右手を動かしている。

「その依頼を証明する書面とかそう言ったモノは残ってますか?」
「ああ、携帯に来たメールが……それも証拠になんのかい?」
「成りますよ。もし音楽事務所側が佐々河さんだけに責任を押し付ける様な行為をした場合、動かぬ証拠になります。
会社側と事を穏便に済ませたいのであれば、マネージャと話し合いをして、“メールでのやりとりはなかった”知らぬ存ぜぬで押し切ればイケますよ」
「ほぅ」
「もし、携帯小説作家が著作権侵害に対する制裁措置として訴訟を起こしたとしても…この場合刑事ではなく、民事になるんですが。こちら側…佐々河さん側の作品は依拠性、類似性に置ける内容が完全一致していない…えーと、先ほど申し上げた通り、一語一句一致しておらず、あくまで”似ている”だけになりますので先方の言い分は通らないでしょう。また、名誉毀損の損害賠償請求や不当利得返還請求をしてきたとしても、こうした形で会社側とやりとりをした証拠の書面がシッカリ残っていれば、佐々河さんに罰則が科せられるって事もナイ筈です。相手が送ってきたIPアドレスは海外経由ではナイですよね?」
「マネージャの携帯から俺の携帯に来たモノだよ」
「それなら大丈夫ですよ。サーバー管理者は情報開示請求に応じるでしょうな。情報は開示しても問題ありませんか?」
「ああ、そらぁかまわねぇが…。あ〜ッ、思い出したら腹立ってきたっ」

朝彦は右手を握ったり開いたりしながら苦虫を噛み潰している。
一堯は思わず尋ねた。


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