旭日昇天銀狐

第3章−4 千里眼

先刻の電話の声が響いたのはソファに座って2本目の煙草を吸おうとして火をつけたライターの炎に見とれていた時だった。
誰かが入り口の戸を開けた。そのせいで、ふっと爽やかな風が室内に吹き込んできてライターの炎が揺らめく。

「どうもォ……、こんにちはぁ」

「はい」
ZIPPO独特の“カシン”と言う乾いた音を立てライターの蓋を閉め火を消してから、ゆっくり入り口に視線をやった一堯は、驚いて思わずソファから立ち上がった。

立っていたのは男性。
白いスーツ、白のトライバル柄の入ったコバルトブルーのシャツを着ている。肌が白い。
何よりも驚いたのはその髪と目だ。白銀の髪をしており、サングラスをはずしながら一堯へ向けたその視線の先の瞳は、光の加減で上質のワインのさながらの色味をたたえていた。
見た目が派手と言うだけでなく、異常なまでの存在感がある人物の登場に一堯は瞬きするのも忘れていた。
電話で解らなかった人物像の外見は解ったが、今度は年齢が読めない。
間違いなく30歳はとうに超えているのは解る。
が、30代後半から50代までのどの年齢層に位置しているのかどうも曖昧で検討がつかないのだ。そもそも髪が銀白色なのが益々その年齢を解らなくさせている。

「どうも。平手法律相談事務所さんて…ココだよね?先程お電話したモンですが」
「え、あ、ハイ。私が平手です。“平手一堯〈ひらてかずたか〉”」

一堯は名刺を取り出し朝彦に手渡す。

「これはどうも申し遅れました。初めまして、“佐々河朝彦”と申します」

そう言いながら佐々河朝彦と名乗った人物は名刺を渡してきたので、一堯は受け取り文面を読んで又面食らう。
職業の所が“自由文業”と書かれていたのだ。
なんとも謎めいてる上に人を食ったカンジのうたい文句である。


「あ、どうぞお掛け下さい」

一堯は接客用のソファへ案内する。朝彦はどうも、といいながら腰かけた。

「まずあの、早速質問で申し訳ナイのですが…佐々河さん、“自由文業”とは……その、フリーライターと解釈しても宜しいのでしょうか?」
「ん?あぁ」

朝彦は眉を潜めニッと笑って言う。

「んん…、フリーライターっちゃフリーライターなんだけども…。えぇと、…自由文業ってのは、俺が勝手に言ってるダケの話なんです。まぁそのナンだ。所謂世間では“ゴーストライター”って言われてますな」
「ゴーストライター…!?」
「そ、庶民のラブレターから有名人の著作まで幅広く請け負ってる…まぁ古い言い方をすりゃ代筆屋ってヤツですよ。ま、今回の事件の原因がその職業のせいなんですわ」

朝彦は微笑んで首を傾げる。一堯は「はぁ」と答えるしかできなかった。

代筆屋とかゴーストライターと言う職業がこの世に存在していたのは知っているが、本物を目の当たりにするのは初めての事だ。一堯の好奇心が一気に膨れ上がった。
だが敢えて仕事と言い聞かせ真面目な顔を取り繕うと尋ねる。

「あ、原因がその職業と仰いますと…まず一体どの様な事があったのかお聴かせ願えませんでしょうか?」
「お、ノッテきたね」

アッサリ朝彦に心理を見抜かれて一堯は口ごもる。

「そんじゃ一丁話しを聴いて下さいよ。その前に煙草、吸ってもいいかい?」
「あ、これは気が付きませんで」

一堯はそういいながら灰皿を出す。ありがとう、と言って慣れた手つきで煙草に火をつけ大きく吸い込み一呼吸すると朝彦は膝をポンと叩いて事件の話しを始めた。


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