旭日昇天銀狐
第3章−2 千里眼
ペットボトルを握っていた手で渡してきた為か、ミサキの掌にあたった時、その指先の柔らかな冷気と感触に一瞬妙な心地よさを覚えた。
「返さなくていいよ。別に」
「いや、俺の気持ちが済みませんから」
「ふーん、今時 律儀なこった」
渡された小銭を自販機に突っ込んで、お茶のボトルを買った。ペットボトルの蓋を一気に開けて、お茶を喉へ流し込む。冷たさが内臓に染み込んでようやく一息ついた所でミサキは上目遣いで目の前の白髪氏をチラリと見る。……改めて傍で見ると物凄い存在感だ。芸能人の木下が比べ物にならないと言うのだから奇妙な話である。ミサキは思い切って尋ねた。
「て、言うか・あのっ。アナタさっき公園前のストリートで言い合いしてました……よね?」
「ん?ああ、アレ?見てたのかアンタ」
ミサキを見ながらその人は胸のポケットから煙草を取り出し吸いはじめた。彼の吸う煙草の煙が揺らめく。
「ええ、なんだか奇妙な言い合いだったんで気になって」
彼がミサキの方を向いた。そして口調は穏やかだが強く問う。
「で?なんで俺を探した?気になったからか?」
探していた事も悟られた。
ミサキはゾクッとして目を見開く。
二人の目が空中で合った。ミサキは彼の目の表情に、一瞬身を竦める。
……鋭い光だ。
怖い位に綺麗な目である。それに気圧されそうになり言葉に詰まる。
その時……ミサキの脳内で何かが突然語りかけた。
――野生動物から目を逸らすな。負ける気持ちをコチラが持った時点でOUT。そうだ、強気で発言し、応戦しろ。
「ええ、あなたに興味があって。……探しました。」
今度は白髪氏の目が見開かれる。
中に宿っている光が一瞬……ほんの一瞬だが、瞳から入り込んだその光は体内を乱反射し、そのままミサキの心臓を貫いた。
……沈黙。
もしかしたらトンデモナイ間違いを犯したかも知れない。ミサキの喉がゴクリと鳴った。
否、信じろ。さっき感じた光は、この人を怒らせたとかそう言う類の気配ではなかった。
ややあって、白髪氏が口を開く。
「アンタ、名前は?」
「きりゅうです。桐生ミサキ」
そう、きりゅうさんね。と彼は呟き笑った。
「俺は佐々河朝彦っつーんだ」
「ささがわ…さん」
「桐生さんか…、アンタ面白いな。なんで俺なんかに興味持った?」
「いや、だって。さっきの佐々河さんの」
「あさひこでいい」
「え、あ、ハイ。朝彦さんの公園でのやりとりみてたら…そりゃあ誰だって気を惹かれると思います」
「この町じゃ、あんなもの日常茶飯事だろうによ。」
朝彦はそう言うと微笑む。
その顔が、あどけない子供の様にかわいらしいのにミサキは驚かされた。公園で若者に向けたニヒルな笑顔や、先刻自分を鋭く見た矢のような眼とは天と地ほどの差があるのだ。
「さっきのな」
朝彦は携帯灰皿を腰のキーチェーンから選び出し煙草を揉み消す。
「仕事絡みの知り合いなんだが…ちょっと厄介でな。まぁアンタも多分見た事あるだろ?」
「ええ、最近バラエティー中心にかなりTVで露出してる木下ですよね?驚きました」
そうミサキが言うのを聴くと、頭が痛いといわんばかりに朝彦は額に手を当てる。
「やっぱ認知度高いんだなぁアイツ。ほんッと正真正銘のバカだわ。それが昼の日中、あんな場所で事務所も通さず大事な話しすんなっつぅの」
「差し支えなければ聞かせていただけませんか?その大事なハナシってのを……」
「そらぁ桐生さん、俺も職業柄ポロッと言うワケにゃいかねぇんだわ」
そういってまた笑う。今度は少し困った風に。
ミサキはそこで、間髪入れずに突っ込んだ。
「ご職業って…、間違ってなければゴーストライター……ですよね。」
今度は朝彦が驚く番だった。
見開いた目にミサキに対する興味が徐々に増して来るのが見て取れた。
「あのバカが喋った?」
ニヤリと笑って朝彦が尋ねる。ただ尋ねているのではない。
恐らく試しているのだ。
多分この人は既に答えを知っているのではないか…ミサキはそう感じたので、それに対し強気に微笑んで応戦した。
「いいえ、勘です」
「おもしれぇ」
朝彦が笑う。
ぞくぞくする様な目をして笑っていた。ミサキの背筋にまた奇妙な力が駆け抜けていく。暑さなんてスッカリ忘れてどこかへ消し飛んでいた。朝彦はうぅん、と右手を上にあげ背伸びすると言った。
「ソコまで解ってんなら想像と現実を結びつければ答えは知ってるも同然だな。……桐生さん、アンタ時間あるんだろ?」
朝彦の問いにミサキは「ええ」と答えて頷く。
それを確認して朝彦は壁から離れ、彼の前を通り抜け、夏の日差しの中へと歩みだした。
「ついてきな、桐生さん」
「え?」
ミサキは目を見開いて、朝彦を見つめる。朝彦はそれを確認するとニッと笑って言った。
「俺の家、すぐそこなんだよ。ちょいとアンタと話をしてみたくなった」
「あ……は、ハイ!」
ミサキもすぐに夏の日差しの下へ飛び出した。
「じゃ、行くか」
そう言うと颯爽と先を歩き出す朝彦の白髪が、夏の強い光を浴びてキラキラと白銀に輝いている。
それがあまりに眩しいのでミサキは目を細める。
心臓が一度ドクンと強く脈打って体中の血が一気に活性化した気がした。
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