旭日昇天銀狐

第3章−1 千里眼

―例え誰かに自己を否定されても考えるのを止めてはならない―


桐生はさっきの木下の喧嘩相手…木下の言う所の“クソジジィ”……すなわち“白髪氏”の消えていった方角を目指して歩き出した。高いビルの立ち並ぶ町の中へ入るとビルの影で少し日が遮られる。それもあってか裏路地にも関わらず、夜は賑わうこの通りも昼は閑散としてどこかうら寂しい。
孔雀区孔雀町……危険がどこか背中合わせの奇妙なこの場所は、名前通りの華やかさと凶暴さを何処か併せ持っている町だった。人間なのに、どこか人間離れした人々が昼間は息を潜め、夜ともなると闊歩する。その中へ姿をくらませたのだから、さっきの白髪氏も魑魅魍魎や妖怪か何かの類かもしれない。

――もぅこの辺にいるワケがないか。てよりも、見つかる方が奇跡的だよな。

ミサキはそこで自分が大量の汗をかいているのに気付いた。自分の今後の為にも彼を探さないとイケナイのは解っているが、熱中症になっても困る。
一度熱を冷まそうと、古いアパートの脇にある駐車場の影に入った。
都会のビル郡は蒸し暑い。が、ビルの陰になっている部分は“奇妙な寒さと暗さ”が存在する。ぬたっ、とした黒灰色の暗い冷たさを持つ壁に寄りかかり、溜息を吐いて周囲を見回した。暗がりにぼんやりと蛍光灯の灯がある。向かいの壁に自販機が設置されているのに気付いた。

「何か飲まないとホントに乾く……」

ポケットから皮の洒落た財布を取り出し、中を見ると、ついていない事に一万円が三枚。

……小銭は、ナイ。

「マジかよ!!」

流石に顔が歪んだ。つくづくツイてないにも程ってモンがあるだろう。ガクリとうな垂れ自分の不運に対して、重たい溜息を吐いたその時だ。

「両替してやろうか?それとも飲み物を奢ってやろうか?どっちがいい?」
「え?!」

声のした方は自販機の右脇。慌ててそちらへ顔を向ける。
まさか、とミサキは息を呑んで、自販機の前へ慌てて移動する。

……間違いない、さっきの“白髪氏”だった。

「あ、アンタ……」
いつからそこにいたんだろう。全く気付かなかった。気配もなかった。

――い、一体何者なんだよッ……!?やっぱり化け物とかの類じゃねぇだろうなコイツ!

「別に化け物じゃねぇよ、俺ぁ」

思っていた事をズバリ言い当てられ、ミサキは自分が言葉にしたのかと思わず口を押さえた。それを見て、白髪氏はクッと笑って言う。

「まぁまぁ、それより小銭ねぇんだろ?」
「み、みてたんですか……今の?」
「うん」

あっさり頷かれて気恥ずかしさに身が縮みそうになる。

「なんで、俺に小銭がないって解るんですか?ここ、かなり薄暗いし……あなた、俺のサイフの中覗いたワケじゃナイのに……」
「いや、冷静に考えりゃわかるだろ?」

そういって白髪氏はペットボトルをあおって喉を潤した後、ボトルを持つ左の人差し指でミサキを指して言った。

「だってお前さん、サイフの中覗いて“マジかよっ”なんて叫んでんだもん。それ見たらああ、コイツ小銭ねぇんだってすぐ見当つくだろ?」
「た……確かに」
「だろ?んで、どうすんだ?両替すんのか?奢ってもらうのか?それはどっちもプライドが許さないっつんなら、コンビニ行くか?」

普段のミサキなら、多分断ってヨタヨタとコンビニを探して町を彷徨っていたかも知れない。でも…これはチャンスだ。千載一遇のチャンス。今の自分を救ってくれるかもしれない。ミサキは顔を下げて言った。

「小銭、貸してください」
「いいけど」

奇妙なその人は、小銭を財布から取り出すとミサキに手渡す。


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