旭日昇天銀狐
第2章−3 終了から→開始へ
若い男はチクショウチクショウと連呼しながらフェンスに怒りをぶつけている。
ミサキはあっけにとられて、その姿をみていたが、やがて何かに引き寄せられる様に、フラリとその若い男の所へ近寄って行った。
若い男の顔が完全に判別出来る場所まで来て、ミサキはようやく驚いた。普段のTVで目にするカジュアル系の服装とは丸で真逆の格好だったのですぐには気付かなかったが、その若い男……天然癒し系のおとぼけキャラを武器に売り出した最近人気のタレント木下祐樹だった。木下はミサキの姿を見た途端、「ヤバイ」と言わんばかりの表情をありありと浮かべて嫌悪の表情をあらわにする。
ミサキも話しかけたくはなかったが、木下などよりもさっきのケンカの相手の男の方が気になる。ミサキは目いっぱいの作り笑顔を浮かべて、木下に問いかけた。
「ちょっといいかなぁ?」
「え?あ、はぁ」
木下は明らかに挙動不審に陥っている。
「君、タレントの木下祐樹君だよね。俺、こういうモンです」
サイフを取り出し、中の名刺を差し出すと、木下はソレを受け取りミサキの顔と見比べながら、はぁ、と首だけで怪訝そうに挨拶をし、
「……うむ?んん?」と、奇妙な言葉を発した。
「え?」
「名前……“うむ みさき”の前、コレなんて読むンすか?」
そう言って木下は“桐”の文字を指差して尋ねてくる。頭に大分お味噌が足りてないカンジだ。平静を装うミサキの顔が流石にひきつった。
「ご……ゴメンゴメン、これは“きりゅう”って読むんだ。この漢字は“きり”だよ。ちなみに職業はそこにも一応書いてあるけど編集者だ」
ミサキの説明に対して木下は、ふーんと興味なさそうに返事をして、
「で、俺に取材ッスか?だったらちゃんと事務所通して貰わないと困るんだけど」
……と鼻息を荒くする。
ライターと編集者の区別もついていないらしい。しかも自分から尋ねて来た割には自分にしか興味ないとわかって、ミサキは少々頭に来たが、相手にするのも馬鹿馬鹿しくなってしまい早々に本題を切り込むことにした。
「いや、君じゃない」
「……え?」
「君、さっきさ……ホラ、白髪の男性とモメてたろ?彼の事をちょっと聞きたいんだよ」
「はぁあ!? アイツの事ォ聞きたい……ってじょーっだんっ!きりゅうさん、だっけ?アンタ馬鹿なんスか?」
馬鹿はお前だ、と突っ込みたい所を引きつった顔で我慢しつつミサキは演技した。
「いや、実は俺もあいつの事気に入らなくてさ。そんで追っかけてるってワケ」
「え?あ、マジっすか…?」
あっさり騙された。純粋なのか馬鹿なのかこうなると解らなくなってくる。
ミサキは更に畳み掛ける様に尋ねた。
「そうだよ。てか、君もアイツに何かヤラレたの?」
「ヤラレたも何も、アイツ、俺の頼みを断ったンすよ……」
頼み事があったと聴くと、興味が更に沸く。もう少し聞き出してみようとミサキは演技を続ける。
「そっか、ソレで。いつもそうやって人見て頼みを断るんだよ、アイツ」
「マジかよ。アイツほんっとムカつくな。仕事下ろしてもらう身分のクセにテメェは黙って言われた通り書いてろってカンジ」
――あの白髪氏、……文字を書く仕事なのか…。
そこでミサキはピンと来た。この木下、最近自分の体験を元に小説を書きはじめたとあちこちのバラエティ番組で騒いでいた。頭の中でさっきの男性の言葉が反芻される。
――“全部僕が考えたストーリィですぅ〜”なんてテレビであんだけベラベラ喋くった癖に、その程度の国語力じゃボロが出まくりだ、バカ。――
と、言うことは……彼の職業は……
「ゴーストライターか!!」
察しがついて、ミサキは思わず叫んだ。
それに対し木下はベラベラと肯定する言葉を勝手に発してくれる。
「そうなんだよ、腹立つよな。あのジジィ。テメェでネタ作れねぇからって他人に寄生して、ネタ貰ってるクセにさ。黙って言われた事やってろって……」
その言葉が終わるか終わらないかのウチにミサキは踵を返しながら
「ありがと。取り合えず君はもういいんだ」
とヒトコト呟いて、其の場を後にした。
――もしかしたら……形勢逆転……狙えるかも知れない!!
ミサキの心臓が、高鳴っていた。
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