旭日昇天銀狐

第2章−2 終了から→開始へ

案の定、少し歩くと都内とは思えない整備された大きな公園の小道があった。
ベンチには自分同様疲れた様子のサラリーマンがぐったりと足を投げ出し、新聞紙を顔にのせた状態でへばっている。息をつきその中年サラリーマンの向かい側のベンチに腰掛けて一息ついた所で喉が渇いているのに気が付いた。ココに来る前に買って来れば良かったと後悔するが、コンビニや自販機に買いに戻るほど気力はない。少し休んでから行動しようとミサキは溜息をついた。木陰のお陰で多少暑さは違うがやはり暑いものは暑い。不健康な汗が顔から首に伝う。気持ちの悪さにシャツの襟を開けたその時だ。
ミサキの左側に位置する少し先の道で、若い男が怒鳴り声を上げているのが目に飛び込んできた。どうやら誰かと口論の真っ最中らしい。
こんな暑い日にご苦労な事だ、とミサキは暇つぶしに様子を伺う。
ミサキの位置から見えるのは20代とおぼしき若者だ。背がひょろりと高い。
夏だというのにだらだらと長ったらしい袖のいわゆるパンクスのサマーセーターを着込んでいる。余り健康そうとは言い難い青白い肌、目深に被った帽子から伸びている長髪には流行のキレイなメッシュを入れている。いわゆるヴィジュアル系ってヤツだろうか?
全体的に発育不足の植物みたいな印象の男だ、とミサキは思った。
怒鳴り声はひたすら続く。話の内容は聞こえないがこの辺には音楽系のスタジオも多いから、大方バンドの内輪揉めとかその類だろうと推測し、興味を失いかけたその時だ。

……奇妙な違和感をこめかみの辺りで感じてミサキは「なんだ?」と立ち上がった。
木の陰と男の向こう側なので若干ミサキからは死角になっていて、すぐには気付かなかったが、若者が延々と怒鳴り続けている相手側の人物に…ナンとも言えない奇妙な感覚を覚えたのである。

……ミサキは奥に位置するその相手に目を凝らしてみた。

どうやら男性の様である。
若い男よりも若干身長が低い。
うっすら笑みを浮かべて若い男を見上げていた。
ワインレッドカラーの派手なシャツ。
黒のジャケットを肩に掛け、ジャケットと揃いパンツのポケットに手を突っ込んでいる。
人によってはチンピラ臭くなるスタイルなのだろうが、この人はちょっと粋に見えた。

何よりも印象が強かったのはその肌と髪の色である。

透ける様な白い肌と、老人の様な白髪だった。
だが、肌はさっきのヴィジュアル系と違って健康的な白さである。
髪も不自然に染めた感じではなく寧ろ白髪、と言うよりは銀色に近い綺麗な色であった。
サングラスをかけているので目の奥は見えないが、明らかに強い“勢い”を放っている。

ああ、とミサキは納得した。奇妙なカンジを受けたのは“コレ”だ。
それは“気配”である。
若い男とは違う、何とも例えようのない不思議な“気配”が彼から漂うのだ。
若い男はファッションは奇抜で派手な割には体と同じ様にペラペラな雰囲気しかない。
が、その怒鳴られている相手は違う。
“存在感”があった。若い男とは比べ物に成らない程の圧倒的な存在感。そのせいなのか、見た目だけでは年齢も若いのか年を食っているのかイマイチ把握出来ない。ミサキは好奇心をくすぐられ、臆面もなく聞き耳をたてる。

……どうも仕事絡みの話の様だ。若い男が更に怒鳴った。

「くそったれ、テメェにゃもぅたのまねぇよ!!」

ソレに対し、男は静かでクリアーな……でも力強い声で答えた。

「おぅおぅ、クソガキ。顔洗って出直して来な!」

若い男は今の言葉でカッとなったとみえる。
ぶるぶる震えながら拳を振り上げ、あしらわれた相手目掛けて走っていった。
が、相手の方は余裕といったカンジで笑みを浮かべながら、例の右肩にかけていたジャケットに反動をつけ、自分の手前でバッと広げると若い男の顔をそれでサッと包んでしまった。丸で突風によって飛ばされた紙が、岩か何かにへばりつくカンジだ。

……トレアドールさながらの、まさに目にも留まらぬ早業である。

その時、一瞬だが、ミサキは“風”を感じた。熱の籠もった大地を抉る様な、風。
うぶっ、と若い男が呻いてるのを聴いて、彼はジャケットを取り払い解放してやる。
若い男は其の場にへたり込んで、目を回しているらしい。

「今のでちったぁ顔が洗えたかよ。ボウズ。俺だけじゃなく人に頼みごとすんのならな、もう少し礼儀ってのを覚えてくるこった」

そう言うと彼はジャケットを着ながらくるりと背中を向け、道の脇を囲うフェンスをざかざかっと軽やかに駆け上がり、ヒラリと跳び越す。
若い男はその後を追おうとするが相手が既にフェンスの向こう側なのを見て、柵の向こうの良く吠える犬の様にフェンスにへばりつき怒鳴り散らした。

「ざっけんな!クソジジィ!!いつか覚えてろよ!!」
「忘れたら聴きにいくわい。つーか、この炎天下ン中で、のされなかっただけでもありがたく思え。後な、人にケンカ売るのも結構だが、国語もっと勉強してボキャブラリー増やしてからにしな。
“全部僕が考えたストーリィですぅ〜”なんてテレビであんだけベラベラ喋くった癖に、その程度の国語力じゃボロが出まくりだ、バカ」

彼はそう言い残し、カラカラと笑いながらビルの立ち並ぶ町の中へ消えてしまった。


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