GLOW UP!

第1章 北薗崇【ギャンブル3-13】

あさひが風呂に入っている間、北薗はリビングの隣にある寝室に布団を敷いていた。いつもは自分の分だけを敷いて寝るという寂しい夜が、客がいるというだけでワクワクしてしまうから不思議だ。

「おっと! そうだシーツ、シーツ」

ただ布団を敷くだけでは無く洗いたてのシーツまでピシッと敷くのは、元より几帳面な北薗らしい。まるで旅館の寝室のように整然と並べて待っていると、風呂上りのあさひが様子を伺うように部屋を覗いた。

「風呂の温度大丈夫だったか?」
「うん。ありがとうございました」
「いいえ。助けてもらってこれぐらいしか出来ないのが大人として情けないけど」
「……ううん」
「もう遅いし寝ようか。俺の隣でもいいかい?」
「布団…あるんだ。俺、別に寝られればゴロ寝でいいのに」
「そんなわけいかないよ。これは、たまに来る俺の奥さんの布団けど、よかったら」

そう言うと、北薗はあさひを布団の方へ来るように促す。あさひは一瞬戸惑いを見せたが、素直に従い布団の上にちょこんと座った。

「奥さんいたんだ」
「あぁ、もうすぐ子供も産まれる」
「へぇ…たまに来るって言ってたけど、何で普段はここにいないの?」
「単身赴任だからだよ。不仲で別居してるわけじゃないから、俺も元の家にたまに帰るんだ」
「そっか……。ねぇ、仲の良い奥さんの布団なのに俺が寝ちゃってもいいわけ?」
「ん? あぁ、一応奥さんのものとは言ったけど客用布団だからいいんだよ」

自分が先に入らないと寝づらいだろうと思った北薗は自分の布団へ体を滑らせる。それを見たあさひは真似するように隣の布団へ潜り込んだ。

「電気消すぞ。間接照明はついてるし、何か飲みたくなったら隣の部屋の冷蔵庫から飲んでいいからね。ただし、お酒以外だぞ」
「うん…」

パチリと電気の紐を引く音と共に部屋の照明が落ちる。さすがに12時を回っているだけあり、周囲の家から漏れる光も無く間接照明がなければ真っ暗闇だ。
仰向けに寝て、見知らぬ天井を見上げる。数分したのち、隣の北薗が気になり、あさひは首を横にやると、ちょうどあちらも振り向いた所で、目がバッチリと合ってしまった。

「あ…」
「眠れない?」
「うん。喧嘩とかした後はいつもこんな感じ」
「喧嘩かぁ…ついぞしてないなぁ」

クシャと顔を歪ませて北薗は笑う。
その他意のないまるで本当に仲の良い友人に見せるかのような笑顔にあさひは正視出来ずに顔を背けた。

「んー? どうした?」
「何でこんなに親切にしてくれるの?」
「うーん…そう言われると理由は答えられないんだけど…助けてくれた礼さ」
「そっか」
「そうさ」

今度はくるりと体ごと回転させて北薗へ背を向ける。
何も喋らずに数分すると、北薗は「おやすみ」と一言声をかけて眠りについた。

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数時間後、北薗は隣から聞こえる声に違和を感じた。重く地に貼りついた体を剥がして様子を伺う。声の主は隣に寝ているあさひで、間接照明に照らされた白い顔からはうっすらとした汗と、歪んだ顔が見えた。

「おい…あさひ?」
「う…ん……ん…」

手を伸ばして額を触ると、少し熱があるように感じられた。
5月も半ばを過ぎたが、まだ寒暖の差が昼夜では開きがあるから体調でも崩したのだろうか、どっちにしろ心配になり、体を完全に起こして様子を伺うと、唸り声の中から一言だけ意志を伝える。

「はぁ、う…ん…たい。痛い…」
「痛い!?」

腹でも痛くて唸っているのか、もしくは違う大病か。とにかく相手は見知った相手ではないのだから、普段の健康状態なんてわからない。これが知人ならば、大抵の病歴や弱い部分などがわかるものだろうが、相手は今日出会った少年だ。

「困ったな。救急車でも呼ぶか?」
「う…ん…うぅ」

それを理解しているのかいないのか、首を横に軽く振り断っているようにも感じたので北薗は一度手にした携帯電話を離した。

「あさひ? 大丈夫か? どこが痛いんだ?」
「は…あ…き……ぞのさん。大丈夫…ごめ…」

それだけ言うと目を閉じる。一瞬だけ戻した意識で辛い箇所が聞きだせるかと思ったが無理だった。可哀想かとも思ったたが症状をきちんと確認する為に電気をつける。眩しそうにしかめた顔を近くにあったタオルで覆ってやり、体を確認した。
上半身に異常は認められず、視線を下半身へ移動すると異様なものが目に入る。何と右太腿の色がおおよそ人間の色をしていないのだ。腫れあがり紫色に変色している。おそらく仁科に連続でもらったローキックの打撲だろう。

「これじゃあ痛いはずだ…」

北薗は台所へ行くと冷凍庫から製氷機を取り出しスーパーのビニール袋へ氷を放つ。そして詰めた氷をタオルで包んで輪ゴムでしばり氷嚢を作った。その時、冷蔵庫の前でフと思い出す。もしかしてあさひがビールを一気飲みしていたのは痛みを抑える為で、不良少年だからというわけではないのか…と。

「それだったらいつから痛いのを我慢しているんだ?」

本人に確認したわけではないから憶測だけど、北薗にビールを飲んでいるのを咎められたらそれに対してもっと反抗してもいいはずだ。それが無かったから、尚更痛み止めとして呑んだ可能性が高いと思った。

「あさひ、今冷やすからな」

顔を歪め、息を荒くしながら寝ているあさひの元へ氷嚢を持っていき、腫れている箇所へ当ててやる。熱を持ったひの場所に急激な冷感が伝わるとあさひは大声を出して逃げようとする。

「ひゃあっ…!」
「冷たいけどガマンしろよ。少し冷やしたらシップ貼ってやるから」
「う…大丈夫…なのに」
「大丈夫なものか。こういうケアはきちんとしなきゃダメだよ」

冷やしながら足を持ち上げ、座布団を差し込む。血流が下に行き過ぎて痛みが増さないようにする為だ。幸い経験は無いが、北薗は現場監督の知識として怪我の対処法は勉強している。
冷やしすぎないよう皮膚の温度を度々確認しながらアイシングを続けると、10分ぐらい経った頃にはあさひの苦しそうな息は落ち着き、寝息に変わっていた。

「ふぅ。一安心だが、明日病院行かないとダメだな」

熱でだいぶ溶けてしまった氷の袋を片付け、滅多に使わない救急箱を取り出す。無いよりはマシだと思われるような市販の湿布薬を数枚取り出して、あさひの怪我している場所に貼り付けた。

「落ち着いてくれる事を祈ろう。おやすみ」

電気を消して布団へ入る。
しかし、一度目覚めてしまった頭で眠りにつくのは容易いことではなかった。肘をついてあさひの様子を見ながら今日一日の出来事を北薗は思い出す。


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