GLOW UP!

第1章 北薗崇【ギャンブル3-9】

「違反してるんじゃねぇのか?」
「公開検査しろ!」
「あんなガキに出来るはずが無い!」

北薗は状況が把握出来ないまま、リング上をボーッと見ていたがひとつの視線に気がつく。AKだ─。
宛所の無い場所を見ている風にしていながら、その実、北薗の姿をしっかり捉えていた。しかしその顔は無表情で何を訴えたいのかはさっぱりわからない。強いて言えば勝利宣言と言った所か。

「皆、落ち着け! 審判4人の審査も相違は無い。AKの勝利とする! これからリングの清掃及び、配当金の支払いに移る。次の試合は20分後だ!」

黒服がマイクを使うがそれより観客の声の方が大きいので、更に大きな声を出してマイクで通す。それほど場内はざわついていた。そのざわつきの原因は、誰もが負けるはずがないと思っていた仁科が負けた事から来るものだったのだが、次の瞬間、その条件が変わる。それは一人の客の声が発端だった。

「おい…配当金の掲示板見ろよ」
「え?」
「きゅ…95万5千円だ!」
「なんだって!?」

戦歴のある仁科が有利だと思われたこの試合に、皆バカらしいと誰も賭けず、AKに言われたまま賭けた北薗の千円だけが賭けられていたのだ。
信じられない出来事、そう偶然と必然は裏腹と今まさに決定付けられたような瞬間だった。

「くそぅっ! さっきの若造か!!」

試合が始まる前に北薗に絡んできた男が叫びながら手にしていた紙コップを叩き付けた。

「コラ! 何をしているんだ! 本当に出禁にするぞ」
「あぁ? またテメェか」
「それはコチラのセリフだ!」
「ははぁ、わかった…。そうかお前ら黒服はあの若造と一枚噛んでやがるな」
「言いがかりだ。我々は規定の率でのバック以外は取っていない!」
「ヘッ、どうだか…。綺麗ごと言って結局は人を食わせ物にして稼いでるんじゃねぇか」

新たな揉め事が起きたのに巻き込まれるのはもう御免だと、忍び足で男と黒服の横を通り過ぎると、別の黒服が北薗へ声をかけてきた。

「ま、まだ何か?」
「いえ、初めてここに来られたんですよね。換金所をご案内致します」
「えと、その配当金はいらないので帰ろうかと」
「どっちみち出口はあちらからですから」
「そうですか…」

黒服の後ろをついて行くと、換金所へ案内される。フロアーより少し照明が落ち、死角になっている場所にあるそこは、ちょうどパチンコの換金所に似た姿だ。配当金はいらないと言ったものの、何となく流れに任せてしまい北薗は半円にくり貫かれた穴へ半券をそっと出す。すると、中にいるスタッフはその金額に「わっ…」と声をあげた。

「は、はは(やっぱりすごい金額なんだな)」
「配当金です。おめでとうございます」
「どうも…」
「えーと、北山さんですね。初めてのご利用ですよね? このまま会員になって頂ければ会員カードに記入をして、毎月決まった日にお振込みも可能ですが? その際は実名がわかる証明書と印鑑も必要になってきますが」

やはり殆どの者が偽名で足を運んでいるのは承知の上なのだと北薗は改めて知りながら、首を横に振った。

「いえ…もう次回来る予定は無いので」
「そうですか。それでは現金でお渡しいたします」

配当金の受け取り方法を現金に決めると、数分待たされ、奥からお札をはじく音が聞こえた。はじく回数の度にドクンと血圧が上がるのがわかる。更に数分待つと、普通の茶封筒に入れられて半円から無造作に物を出される。思ったより薄い封筒に北薗は半信半疑になり中を覗くと、万券と千円札がチラリと見えた。

「本当に俺がこれをもらっていいのかな…」

全くやる気のなかった賭博でいきなりの大勝。
それも、自ら選んだわけではなく偶然が重なりたまたま少年へ賭けたことがきっかけなのだから実感が沸くはずもなかった。だが嬉しくないかと言ったら嘘になる。5月の連休で家族サービスに使ってしまったところだったし、その上11月には赤ん坊も生まれる予定だ。あっても迷惑なものではない。
そう思いながらも北薗は倫理観が揺らぐ。手をつけないでどこかに寄付すべきだろうかと。そう言えば以前少しだけ手伝った建設現場近くにあった養護院を思い出す。羽鳥養護院と言う名前で、小さな子供たちがはしゃいで遊んでいる姿がまるで羽ばたきそうな小さな小鳥達のようだったのがあまりにも印象的だった。

「悩んでんのかい?」
「ん?」
「使い道さ」

影から男が1人─。

「そうさぁ、そんだったら少し置いていきなよ、兄さん」
「何だお前等…」

北薗の前に現れたのは自分より少し上ぐらいの青年2人だった。見た事ある顔。さっき投票所で酒に酔った男と一緒に騒いでいた奴等だ。そして背後からも、もう1人。逃げ道を無くして挟み撃ちというわけだ。
こういった場所、要するにパチンコの換金所でも、たまに強盗事件がある。度々『換金所からの帰りには気をつけよう』とポスターで促がされているぐらいだ。こういう場所にそんな事があってもおかしくはない。金の匂いを嗅ぎ付けてくるのも当たり前だろう。大金を手にして、つい気が緩んでしまった自分を北薗は情けなく思った。

「何故お前等にやらなきゃならないんだ!」
「初心者だろ?」
「そうだが…」
「だったら、次回来る時に悪いようにはしねぇよ。仲良くなる為の手付金て所だ」
「次回など無い…。 もう、二度と来る気は無いさ」
「それだったら手付金じゃなくて違約金…かねぇ。へへへ」

ジリジリと詰め寄り北薗を壁へと追い詰める。
いよいよ逃げ道が無くなった所で、北薗が手にしていた封筒へ青年の一人の手がかかる。取られまいと北薗の手に力が入る。

「懲りない人達だね…」
「え?」
「またそんな事やってるの?」

暗闇の中から現れたのは白い少年─。
AKだった。


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