GLOW UP!

第1章 北薗崇【ギャンブル3-7】

足がグンと伸びる─。
AKは片足へ体重を乗せ、体を捻るように翻すと、一直線に仁科の顔面を狙う。
仁科が前腕二本を耳横へ添えて受ける。ズンと重い衝撃に腕が痺れた。

「いいキック持ってるじゃねぇか」

仁科はAKの足首を掴み、振り下ろす。ウェイトの差もある体は簡単に宙に浮き、リングへと叩きつけられた。

「いいぞー!」
「デビュー戦を血で彩ってやれ!」

心のない声援がリング下から沸く。
続いてギャラリーの誰が発祥かわからないが、「殺せ」と声を上げた。集団心理とは不思議なもので、誰か一人がそういったコールを上げると、真似をする。一人が二人、そして三人・四人と増えていって、ギャラリー全体が「殺せ」コールで埋め尽くされる。

『コロセ! コーロセッ!』

喜々とした表情で声を上げる輩。それに対し北薗は不安と怒りを覚えた。その感情は、自分の賭けている選手がヤバそうとかいう打算ではなく、完全に気にかかる存在になりつつあったからだった。

「ほれほれ、ギャラリーは殺せとご所望だ。どうだ? 怖いか小僧」
「………」

そんなギャラリーの罵声や仁科の挑発する言葉は無視し、AKは無言で体を起こすと、体勢を整える。そして仁科の頭部に向かって再び足を伸ばした。
ヒュンッと風を切る音が小気味良く聞こえるが、それも片手で簡単に払い落とされた。

「同じパターンの攻撃しか出来ないのか? 白いのよ」
「……ふぅ」
「様子見させてもらったけど、これじゃお遊びだな。俺から行かせてもらうぜ」

宣言通り、仁科が正拳を細かく繰り出す。そんなに速度は無かったが、的確に急所を狙い定めるその拳は経験が物を言う。AKは、その拳を幾度かさばいていたが、一度タイミングを崩した時点で、ボディに三つの衝撃をもらった。

「うっ…」
「ほれ、どうした? さっきみたいに人を小馬鹿にしてみろよ」

今度は続けてハイキックを繰り出してきたAKの右太腿の自由を効かなくする為、ローキックを連発する。付け根から膝まで電気質の痛みがピリと走り、後へよろけた。そのAKの顔が歪んでいるのを仁科は見逃さない。まるでギャラリーへ見せ付けるかのように左踵を翻すとAKの下腹へ蹴りを入れた。

「ぐっ…ふ…」

蹴りの反動でAKの体がロープへ飛んでいく。背中をつけてぐたりと体を預けると、ギャラリーが一斉に笑い声で溢れた。それを見た北薗は怒りとも焦りとも取れない感情に支配される。体格も年齢の差もある少年がいい大人の手によって、いたぶられている光景が許せなかったのだ。

「何だって皆笑ってんだ…」

腕に自信は全くないが、感情のまま拳を握り締める。誰からどのようにして制止していいのかさっぱり見当つかないが、このまま見続けている事は北薗には限界だった。

「くそ…」

ギャラリーの一番後ろで見ていた為、目の前の数人を手で割って中へ入ろうとした時だった。
会場内全員が「えっ!?」と驚きの声を上げる。


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