GLOW UP!

第1章 北薗崇【慣れない遊び2-3】】

居酒屋で飲んでいる時とは大違いで、次々と作られるお酒のせいもあるのか、それとも雰囲気もあるのか、酔いは随分早く感じる気がした。俵は女性に挟まれ、笑い、ふざけ、楽しく飲んでいるようだった。

「静かなのね」

先程の女性が話しかける。

「慣れていないだけです」
「こういうところ苦手?」
「嫌いではないですけど…」
「じゃあ勉強しておかないとね」
「え?」
「ううん、別に」

言葉が上手くつなげられない。どうやったら隣の俵のように楽しそうに会話出来るのか北薗には不思議でならなかった。その光景を横目で見ていると、俵の周囲がワッと盛り上がる。

「なんや、そういう事は、はよ言えや!」
「だってぇ、たわちゃん初めて会ったしー」
「んなもん関係あるかぁ! おぅ、兄ちゃん! ピンドン入れろや」
「よ、よろしいんですか?」
「よろしいも何も、今日コイツ誕生日なんやろ? 祝ってやらな可哀想やないか!」

ピンドン─。ピンクドンペリの略でこういったお店では高級酒に入る一品だ。通常の酒屋での販売価格は年数により違いはあるが、新物で平均して5万位。
それが、ナイトクラブという場所が変わるだけで3倍にも10倍にも膨れ上がる。ボッタクリとは違うシステム上では当たり前の設定だ。

「稼ぎいいんだ」
「いえ、全然。俺なんて、妻と二人で暮すのに精一杯で」
「奥さんいるのね」
「今日から単身赴任なので、置いてきてしまっていますが」
「そっか…私なら嫌でもついてきちゃうかな」
「え?」
「ううん、私の主観。気にしないで」

影があるのは何か思う所があるからなのか─。
北薗は女性の雰囲気に飲まれてしまい、それ以上を言葉にする事が出来なかった。

+

「さ…38万…」

会計表の数字を見て、北薗は息を呑んだ。たった一晩で、自分の月収より多い金額を請求される事に絶句するしかなかった。だが、ボーイはボッタクリなどではなく、焼酎や、女性陣の飲み物代、場内指名、尚且つピンクドンペリも入っての値段だから妥当だと淡々と話した。

「おう、きた…ぞ…っく」

立っている事もままならない俵が、ポケットからサイフを取り出して北薗へと渡す。それはズシリと重い感触がしたので慌ててもう片方の手を添えて両手で受け取った。

「これで…ひっく、払っとけや」
「でも…」
「アホか! 男やったら遊ぶ時パーッと遊ぶんや!」
「ではお借りします」
「今回は俺の奢りや」

俵のサイフを開いてみると、万札の束がすぐに目に入った。ザッと数えて50万近くはあるだろうか、北薗は恐る恐る束を札入れから引き出す。

「で、ではコレで」
「ありがとうございます。40万円お預かりいたします」
「余った分は、嬢達にチップであげといてや。面倒くさいんは嫌いや」
「では確かに。チップもありがたくちょうだいいたします」

会計が済み、女の子達に見送られながら二人は繁華街を出る。肩を貸しながら歩いていると、俵が北薗へもう一軒行こうかと声をかけてきた。

「いえ、俺はもう金無いですし」
「んなもん気にすんな! 俺がおごったる」

しかし、あのような大金、一体どこで手に入れたのか。いくら先輩とはいえ、小さな会社だ。自分と給料にそう差は無いだろうに。何か副業でもあるのか。しかし、自分達にはこうやって飲みに行くぐらいしか時間の余裕は無いはずだ。

「先輩…」
「もう…一軒…」

そう言いながら、俵は北薗の肩で半分寝て、ズルズルと崩れていた。連れて帰らなければならないので、仕方なく背負う。すると俵の全身の力が抜け、手にしていた料金が書かれた紙が俵の手から落ちて北薗の手の上へと乗っかった。何度見ても驚く金額だ。何だか自分が違う世界に足を踏み入れてしまったのが怖くなり、足を早めた。


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