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第1章 北薗崇【慣れない遊び2-1】

単身赴任先の武蔵国府潮区は元々田んぼが多い土地だが、近年土地を手放し開発の手が入りつつある区域だ。住み家として会社側から宛がわれたのは潮東駅から徒歩数分だが、築20年経っていそうな、歴史のある建物だった。
歴史あると言えば角が立たないが、言い換えればボロボロの平屋だ。自分が妻と住むアパートとの美しさとは程遠いが、仮住まいの場所としては、雨風もしのげるし充分なのかもしれないと北薗は思う事にした。

「えーと、これと…これ」

前日に引越し業者より運び込まれたダンボール箱から荷物を出しながら確認をしていく。結婚生活の1年間より前は、大学生時代から一人暮らしだった為、片付けなどは手馴れたものだった。まぁ、女手がいなくて寂しいのは事実だが。
粗方片付いた所で、お湯でも沸かして一人寂しくお茶を飲もうと腰を上げると、玄関からドアを叩く音が聞こえる。

「おーい、北薗。おんのんか?」
「あ、俵先輩!」

尋ねてきた主は今度一緒に現場を担当する先輩の俵だった。俵もこっちへ長くいなければいけない為、同じ平屋群の家へと引っ越してきた。派手な遊びが好きな男だから、酒を飲みに行く誘いにでも来たのだろう。

「酒、飲みに行かへんか?」
「ええ、是非」

酒は嫌いではない。どうせ一人しかいない家にいるのだったら外に出た方が気分も晴れる。北薗はバッグを取りに部屋へと戻る。その姿を目で追っていた俵が部屋を覗き込むと、感心したような声を上げた。

「ほぉー。片付け終わったんか。マメなやっちゃなー」
「そんな事ないですよ。荷物が少ないだけですから」

事実マメな所がある男だが、そこを見せ付けたりしないところが北薗の人の良さだ。

「先輩はどこか知っている場所はあるんですか?」
「いや、ここらはよう知らん。前に何度か来た事はあるけどな」
「そうですか。俺は全く来た事無いんでお任せします」
「任せとけって! どうせなら引越し祝いや、お姉ちゃんおるとこ行くか?」
「お姉ちゃん…は、はあ」

“お姉ちゃん”という事はホステスだ。そういう場所が嫌いかと言ったらそんな事はない。しかし、大学在学中から香織と付き合っていた事もあり、そういったクラブから縁遠いことは確かだった。

「嫁がおらんうちやで? 適当に遊んだらええねんて」
「適当に…」

遊ぶと聞いて、つい如何わしい行為を想像してしまい、北薗は頬を染める。それを見た俵は大声で笑って「可愛いやっちゃ」と肩を叩いた。


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