GLOW UP!

第1章 北薗崇【はじまり1-2】

少ない給料の中からやっとの思いで払っている家賃は、オシャレで目を惹き、駅から徒歩数分という立地も良い新しいアパートへの妥当な対価か。北薗はおめでたして間もない妻が待つ我が家へと足を早めた。

「たっだいまー」
「おかえり。なぁに? 嬉しそうな声」
「うん、聞いてくれよ」

ジャケットを脱いで汚れた作業着を洗濯機へ突っ込むと、妻、香織が不思議そうに洗面所を覗き込む。ここには用事は無いと香織の背中を押して一緒にリビングへ向かうと、いつもの場所へ腰を下ろした。

「何か飲む?」
「いや、いいよ。それよりこれ見てくれ」

リュックサックの中から今朝専務にもらった書類を抜き出して、テーブルの上へと広げた。

「ショッピングモール…なぁにコレ」
「うん。武蔵国府潮区の、ホラ前にドライブに行った兎羽海浜公園から走る幹線道路の下だよ。だだっ広い土地があっただろ?」
「うん、枯れた草しかないような所でしょ?」
「そこが大規模な開発が行われるんだよ。複合商店やアミューズメント施設なんかが出来るらしい」
「それで?」
「うちの会社が建設責任になったんだ」
「すごいじゃない!」

香織は手を叩いて喜んだ。
夫は頑張っている。だけど、その割に給料が少ないのでは…と日々感じていたので、今回のプランで評価が上がれば、会社としても急成長しイコール月収アップにつながるからだ。

「もちろん、崇君も参加するんでしょ?」
「あぁ。今日、副監督の話を出されてさ…」
「すごいね。夢が叶うんじゃない」
「うん。けど…ここからじゃ少し遠いんだよな」

香織はそう言われてすかさず携帯サイトの時刻表で駅名を入力して、だいたいの時間を調べる。

「武蔵国府の潮…かぁ。片道で2時間弱だね。これに駅から現場と家の距離を入れると2時間半…」
「2時間かけて通勤している人もザラにいるんだし、通えない距離じゃないんだけどな…」
「うん…他の社員達は?」
「みんな独身だからな。近くに仮住まいするらしい」
「そっかぁ…」

沈黙が若い二人を襲う。
裕福な暮らしを望むには多少の我慢が必要だ。香織だって働いた経験があるから、それぐらいはわかる。しかし、結婚して一年。もう少し一緒に居たいのも事実だった。

「お腹の赤ちゃん…どうしよ」
「だよな。一人にさせたくはないし。金銭的な面では、寮の金額は全額出してくれるし、単身赴任手当ても出してくれるそうだ。ちなみに、結婚してるのは俺だけだからほかの社員にはオフレコなんだけどな」
「待遇はすごくいいよね」
「ああ…」
「………崇君!」
「なんだよ、急に大声で」
「行っておいでよ。だって、全く帰れないわけじゃないんでしょ? ここだったら実家も近いし、体の事は平気だから」
「香織…」

北薗は妻の手を取り、強く握り締めた。
そこには言葉は続かなくとも、男の決意が感じられた。


Copyright © SPACE AGE SODA/犬神博士&たろっち. All rights reserved