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第1章 北薗崇 【はじまり1-1】

北薗崇<きたぞのたかし>、24歳。
大学の建築科卒業後、地元の建設会社に入社し、大学時代のバイト経験を生かしながら現場監督の仕事をして3年目の春。

「おはようございまーす」

まだ寒さが残る3月、北薗は会社の扉を開ける。就業時間よりも30分以上早く来るのは、社会人としての常識に上乗せして北薗が真面目な性格だからだ。

「まだ誰もいねぇんだよな…」

当たり前だ。自分が会社の鍵を開けているのだから。
前に、仕事の関係で行った大きな会社は玄関に受付専門の女性が座り、警備員が戸締まりの管理をしていた憧れの情景。しかし自分の会社には人材も費用もそんな余裕は無い。だからこそ憧れなのだ。
自分の机に通いのリュックサックを置き、ホワイトボードへ予定を書き込む。今携わっている仕事も後少しで終わる。年度が変わる頃には新しい現場につけるだろうか。
そんな事を思いながら、北薗はカレンダーを見つめた。

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就業時間が近づくと、社員も全員揃う。それぞれが眠そうだったり、疲れた表情だったりしていてお世辞にも活気があるようにも見えない。そんな空気の中、専務による朝礼が行われた。

「…で以上になります。えーと北薗、後で話があるから現場に行く前に会議室に来てくれるか?」
「はい」

朝礼後、全員が散らばると、北薗は一度事務所に戻り現場に入っている下請け会社の親方に少し遅れる連絡を入れて、専務の元へと向かった。

「ご用件は?」
「これを見てほしい」
「MKショッピングモール…ですか?」

何だか聞きなれない横文字に北薗は紙に書かれた文字をそのまま読んで、疑問点として返した。

「うむ。スーパー、アパレル、その他小売店が一挙に集まり、約7万m2はある大型商業施設を作るそうだ」
「7万…噂になっていた例の場所はそんなでかいんですか!」
「ああそうだ。この土地は丸幸百貨店が特定土地区画整理組合から買い上げて丸ごと計画している」
「丸幸が? 過去にうちが建設した事があるっていう百貨店ですよね?」
「それだ! 北薗!」
「へ?」

専務は嬉しそうに計画書の中身を開いた。細かい文字が羅列した書類には見慣れない組織名や責任者の名前が並ぶ。そして最後の行には、建築責任企業の名に自分の社名が書かれていた。

「これは!?」
「施工主だよ」
「施工…え!?」
「そうだよ、うちの企業が施工の総責任になるのさ!」
「まさか…」

そういえば、今月の頭ぐらいに社長がずいぶんとソワソワしていた事を思い出す。それがこの話が決まりそうな時期だったのか。何でうちのような中小企業かとも思うが、社長の人柄の事だ。過去の実績と技術力を買われたのだろう。

「北薗は、今の現場が今月には終わるよな」
「ええ、そうですね…来週には」
「そしたら、俵を筆頭にして副監督をやってみないか?」
「お…俺がですか!?」

兼ねてから噂を耳にしていた大規模な都市開発プランの話。もしかしたら、それこそ受付嬢や警備員がいるような会社になるのも夢ではなくなるかもしれない。しかし、真面目な北薗は手放しに喜ぶ事はせずに少し考えて話し出す。

「ありがとうございます。ですが、どうして俺を担当にしようと考えてくれたんですか?」
「不安か?」
「不安は無いと言ったら嘘になります」
「そうか」

自分が大きな仕事を任される喜びと不安。一緒にやってくれる先輩はいるけれど、社会人になって3年目のヒヨッコが任される仕事ではないとは思う。それに、小さいながら今いる現場は、初めて自分一人で監督につけた場所だ。中途半端にしたくないという想いがある。

「今の現場を完璧に終わらせたいのもありますし、嬉しい話ですが浮き足立ってはいられないので」
「真面目なお前らしいな。そこだよ。担当にしようと考えたのは」
「は、はぁ」
「今朝の朝礼前も見てみろ、皆一様に覇気が無い。しかし今までのお前の姿を見てきて違うと感じた。それが評価だよ」

意識していたわけではなく普通にやってきた小さな事が、実を結ぶ。馬鹿正直と言われた事もあったけど、真面目さを買われて、次の大型プランに声がかかるのはある意味実力だ。

「ありがとうございます。答えはいつまでに出せば…」
「それじゃあ、今週末には欲しい」
「わかりました。それでは、現場に向かいます」

会議室の扉を開けると、同僚や先輩社員がこちらを見ていた。
北薗が何をやらかしてお叱りを受けていた…という声が聞こえる。

「ああ。北薗」
「はい?」
「期待しているぞ」
「は、はい!」

事務所では、話を知らない者達が哀れんだ目で見ていた。本当は同僚達に何かを言ってやりたい。だが、専務の『期待している』の一言で、仕事で見返してやろうと心に誓った。
何だか自分が少し成長したような気がして、北薗は思わず笑みがこぼれた。


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