彩夢 1-2

モクジススムモドル
ドアにつけられた鈴の音が高く店内に響く。ボックス席は無くカウンターのみのそのBARは、23時を過ぎてるというのに、営業前を思わせる静けさだった。

「いらっしゃい」
「あ…えっ!」

誰もいないと思っていたはずが、カウンターの一番端に人影を見つける。まるで手品のようにふわりと現れたように感じたからだ。

「あの、やってますか?」
「ええ、営業中ですよ。ここのママは今留守にしているけどね」
「そうなんですか?」

声の質が男性か女性かわからない。そして、シルエットでも性別の確認が出来なかった。

「ああ、私の心配はなさらずに。ここのママの兄です。留守番…みたいなものでしょうか」
「はぁ。お兄さんですか」
「可愛い女性でなくて申し訳ない。それが嫌でなかったらお入りなさいな。話ぐらいは聞きますよ」
「そんな、俺は別に女性と呑みたいわけでは。誰かに愚痴を聞いてもらいたくて…え!?」

達也は自分が何も言っていないのに、心にモヤモヤしたものを抱え、それを誰かに吐き出したいと思っていた事をズバリ言い当てられ、一歩後ずさりした。

「クックック…なぁに、私は超能力者の類なんかではありませんよ。あなたのその顔を見ていれば悩んでいる事ぐらいわかります」
「そんな顔、してますか?」
「してますねぇ。フフフ。さて、酒と静かなBGMぐらいしかいない店ですが、お入りなさい」

達也はまるでぼんやりと光る街頭に吸い寄せられる虫のように、フラリとそのBARへ足を踏み入れた。

+

「ようこそ」
「どうも」

数本の吸殻が入った灰皿と、残り少ないソフトケースの煙草を引き寄せると、男性は煙草の上に載せてあったマッチを達也の前へ差し出す。

「あ、いえ煙草は…」
「違いますよ。店の名前です」
「あ、失礼。えっと…さいむ?」
「単純に読めばそうですけど、それだと何だか哀しいお金の話になってしまいそうですねぇ」
「ああ、債務ですか…」
「そう。少し無理やりですが、いろどりのゆめと読みます。BAR彩夢」
「良い名前ですね」
「ありがとう。妹、ここのママの名が彩と書いて”いろ”と言うもので」

安易ながら、納得できる命名に達也は頷きマッチをテーブルへと置いた。

「あ、もしかしてお兄さんは”夢”さんとか?」
「フフフ、それだと何だかとても女性らしいじゃありませんか」

達也は『でも一瞬女性に見えなくもありません』という言葉を思ったが、心にしまい込んだ。

「失礼」
「いえいえ、私は音楽の音”おと”と言います。珍しい名前でしょう」
「素敵ですよ。では音さんとお呼びしても? あ、えっと私の名前は」
「ええ、構いませんよ。達也さん」

自分の名を急に言われ、達也は面食らった。多少酒が入っているので、自分がどこで自己紹介したか忘れてしまった。

「どうぞ今夜はよろしく」

驚いたままの達也へ音は言葉を続けた。そして、例のマッチで咥えていた煙草に火を点すと席を立ちカウンターの中へ向かった。


モクジススムモドル
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