彩夢 1

モクジススム
繁華街。孔雀町でも小さく妖しげな店が立ち並ぶカナリア通り。藤間達也は一件のBARの前にいた。
週末、学生時代の友人、青柳健太にたまたま再開し、居酒屋で飲んで騒いだ帰り道友人の言った言葉。それはあまりにも衝撃的過ぎた。

脇田愛美が死んだ─。

高校時代、サッカー部のマネージャーだった愛美は、よくあるシナリオ通り、運動部員達のアイドルだった。
達也は、野球部の補欠だったから、直接部活で愛美に関わったわけでは無かったが、他の部活だというのに労いの言葉をかけてくれたり、明るく笑顔を振りまいてくれて、それに元気づけられ癒されたものだった。そして、その感情はいつしか一方的な恋心となった。現在結婚をし、一児を設けている自分では考えられないぐらいの淡い恋心だったのを記憶している。
同級生で、しかも気持ちを寄せていた女性の死。そして、それを人づてに聞いた事。もうひとつ衝撃的だったのは、同じ大学へ進んだ青柳と愛美は、一時期恋仲だったというのだ。
青柳が言うには、自分からの告白で、1年ちょっとの付き合いだったが、自然と消滅してしまったのだと言った。達也は説明のつかない敗北感と、虚しさに苛まれた。

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「通夜に顔出したんだけど、死に顔は見られなかったなぁ」
「何でだよ」
「いや、なんか、死体とかちょっと苦手でな」
「おま…元の彼女を死体とか軽々しく言うんじゃねぇよ」
「まぁそう熱くなるなよ。つーか、病気で死んだってのもあって、親御さんが見せたくなさそうだったし」
「…そうか。なら仕方ないけど。でも、何で俺に通夜の話をしてくれなかったんだ?」

友人であり、彼女に気持ちを寄せていた事を知っている健太ならば、それぐらいしてくれて当たり前だと思ったのだ。

「ああー。いや、特に深い意味は無いんだけど…」
「はぁ?」
「あ、いや、何ていうか…実は入院してる時も見舞いに二回ぐらい行ってさ」
「だったらそれも何で誘わねぇんだよ!」
「だって、愛美…お前を街で見かけたって。働いている姿が格好良かったって。それ普通元カレに言うか?」
「それは勝手な嫉妬だろ。普通に『頑張ってるね』ぐらいの気持ちだったんじゃないか? だいたい俺は結婚してるんだし、それを愛美に言えば、おかしな関係にならないのが普通だろ!?」

もうすでに健太にわかってもらおうとは思わない。そして、この男と今後付き合うことは加減する事だろう。だからこそ言っても無駄だとは思ったが、みぞおちの奥からこみ上げるような怒りが、達也を静める事は無かった。

「だって俺、達也と比べられたら勝てる自信ねぇし」

ふてくされたように呟いた言葉に達也は愕然とした。健太はもっと心優しく、笑いの絶えない男だと思っていたからだ。

「いや…だから…いや、何でもない。健太、とりあえず…ここで一旦別れよう」
「あ、ああ」

こんなことを言う男と愛美が付き合っていたのかと思う事が敗北感の原因。そして、好きだった女性を助けてあげられなかったという自分自身への情けなさだった。
健太には言わなかったけれど、愛美が達也を町で見かけた話はわかっていた。半年前、愛美を街中で見かけたのだ。学生時代からのその美しさは変わっていなかったが、どこか儚げな透明感は、今思えば何かを示唆していたのかもしれない。何故、あの時声をかけなかったのかが更に悔しさを増幅させる。
ちょうど仕事の取引先との電話中だったというのもあるが、電話の後に急いで走れば間に合ったはずなのに、何故か行けなかったのだ。
そんな無念の気持ちを抱えながら、達也がフラリと立ち寄った店はとても小さなBARだった。
モクジススム
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