◆鏡のパルス◆ ―雲外鏡伝奇―

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  「6」 −みぃつけた−  


ゆ…―り―…―ぃ
…ゆ―……ぅりぃ…―

彼女は顔をあげる。

―誰かが…あたしを呼んでる?!

はじめはあの「幽霊達」かと想った。
だが、頭や体の中に直接響いて来るのではなく、
キチンと耳に「音」として「聞こえて」来るのだ。

「72!!」

また夜快のカウントが響く。
百合は、そのカウントのした方向を振り向いた。
その時またピアノのペダルでぼやけた様な
別の声が闇の奥から流れてきた。

―ゆぅーりぃい…―

やはり自分を呼ぶその声は、
夜快のカウントとは逆の、鏡の森の奥から聞こえくる…!!
百合の心臓が高鳴った。
彼女は立ち上がると、自分の名を呼ぶその方向へ走り出した。

鏡がヒトツ…
「75…76…77…」

鏡がフタツ…
「78…79…80…」

「81…82…83…」
鏡がミッツ

「84、85」
…鏡がヨッツ…!

何処!?
「86」

まさか
この隣…いや、もっとその奥の列だった!?
だとしたら、嗚呼、どうしよう!!
「90!!」
「あきらめない…!」
百合はグッと頬の汗を拭い、また走る。
「最後まで絶対諦めない!」
カウントは93を数えていた。

「誰…?ねぇ、誰か解らないけど…お願い!
あたしをもう一度呼んで!…お願いしますッ!」

百合はがむしゃらに叫んだ。
悪あがきかもしれないが、自分に負けたくなかったのだ。

その時だった。
『ゆりぃッ!』
もの凄く近い場所で聞き覚えのある声が彼女を呼んだ。
百合の体がビクッと震えて、足が止まった。
その声は、彼女の右側から聞こえて来る。

…その鏡は、ヒトツだけ、明らかに他のモノと違っていた。
倒れている私以外に、今朝邪険に扱ってしまった友達が…いる。
「葵…?マキ…?」
『ゆりっ!ゆりッ!!目ぇさましてっ!起きてよぉッ!』
『どうしよう…アオイッ、センセ呼んでくる!?』
『マキィ…ゆりっ!しっかりしてよぉ』
マキは真っ青だった。
葵は泣きそうな顔で、百合の手を握っている。

百合の心臓は強く強く跳ねた。何度も、何度も。
彼女は透明の冷たい壁をドンッと両の手の平で強く叩いた。

「夜快、ココよ!」

百合は真っ黒な上空を見上げて更に叫んだ。

「あたしの、あたしの大事なモノが沢山ある場所は、ココよぉおおお!!!」

それとほぼ同時だった…

鏡の向こうで葵が握ってくれている方の手が
キラキラと柔らかな金と銀の粒子を跳ね飛ばしながらどんどん透けていく…。
「カウント99か…。チッ、惜しかったな。」
いつの間にか夜快が彼女の左脇で相変わらず無表情のまま、立っていた。
「夜快…こ…コレって…!?」
百合は息を呑んで両手を差し出した。
すると夜快は無言のまま右手を高々とあげた。
すると、「彼女の本来存在する世界と通じる鏡」だけを残して、
あまたに立ち並んでいた鏡は溶ける様に
あっという間に闇の中へ消えていった。
「お前は勝ったんだよ、この賭けに。そして何よりも自分の弱さと、罪にな。」
夜快はそう言って初めて微笑んだ。
その微笑みには、初めて出会った時の憎悪はもうない。
だがそのあおい瞳は、何故か深い悲しみを湛えている様な気がしてならなかった。
「二度と、こんな所へ来るなよ。そして忘れるな。」
ヤカイの声が遠のいていく。

−お前が大事にしなきゃイケナイものがなんなのかを…。

百合は小さく頷く。
すると、急に体がフワッと軽く、温かくなった。
気がついたら彼女は一人だけどんどん上昇していた。
夜快も、あのくるりくるりと旋回する淡い光達もどんどん下になっていく。
やがてまばゆい光が彼女を包みこみ、
それと同時にやさしい眠気に襲われた。

その時、霞んで行く意識の中で、彼女はフと想い出した。

あの、悲しい魂達の放つ色、夜快のあおく悲しい瞳の色は…
以前、どこかでみた
「鐘楼流し」の水鏡に映ったあの色に良く似ている、と…。


そこで彼女は、そっと瞼を閉じた…。


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