◆石の上◆ ―囀り石奇譚―

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  「4」 −妖術合戦−  

そのお悦の問いに、山高氏が高々と笑いながら答えた。
「お悦や、何が何だか解らない様だから教えてあげる。
先刻までお英の胎内にいたお前を、追い出したのだよ。
“追い出した”と言うより“押し出した”と言う方が
正しいかね…このアタシがやった事だよ。
残念だが、九條の旦那にはどうする事も出来ゃあしない。
…しかし誤算で御座ったなァ、九條の旦那ァ!
アンタ、やはり耄碌したのでないかね?お英の魂をステッキに見せかけていたのに
気付かないとは!まぁ無理もない…此処は…」
彼は両の腕を、翼の様に広げてみせた。
その時、山高氏の両の手首に血の様な赤をした美しい数珠が有るのに気が付いた。
「結界が張り巡らされている!!
そう…いわばアンタはあたしの手中にいるも同然!!」

その挑発的な山高氏の言葉に、当然九條は
お悦の倍以上の怒りを、露わにして叫んだ。
「…もはや問答無用だな!!!脅すだけにして終いにしようかとも一瞬考えたが…
音輪丸よ、やはり貴様にはこの世に留まっていてもらっては困る…!!
邪魔だ!邪魔なのだ!!牛鬼の糧になり、未来永劫 私の従僕となるがいい!!!」

その九條の声に反応したのか牛鬼が咆吼し、不気味で…巨大な躰で
山高氏に向かって飛びかかった。

「山高さぁああん!!!」

全身冷水を被ったような恐怖に支配され、私は絶叫した。
お英は、あぁっと小さく呟いて、私の胸に顔を埋めた。


が、山高氏は更に愉快そうに声をあげて笑っているのだ。


牛鬼は、その体躯から考えられない程身軽であった。
地響きを立て、地面に着地し、
その八本の足でガシャガシャ騒音を立てながら、
山高氏に一直線に向かっていたが
やがて、間合いを計ったように、地面を蹴った。
その跳躍力も私の想像を遙かに超えていた。
ゾッとする様な光景であった。
流石のお悦も半ば茫然自失となって、牛鬼の動きに釘付けとなっていた。
異様に長いその牙が ねばねばとした粘液で濡れている。
牛鬼が空中で山高氏の頭部に食いつこうと
更にその巨大な口をぽっかりと開けたその瞬間。

山高氏が叫んだ。

「サァ出て来い…狼鬼ッ!!お前の出番だァッッ!!!
目の前の敵を喰らい尽くし、貴様の糧とせよ!!!!」

その声に導かれるように、
先刻 みかけた山高氏の両の手首の数珠が、
上空に向かって強い光を放ちながら弾け飛んだ。
輝きを放つ石は、あっと言う間に山高氏の頭上で
一所に集合し、その姿を変えた。

それは巨大な角をもつ、真っ赤な狼であった。

今まで見たこともない美しく、恐ろしいその獣は彼の人の頭上で遠吠え、
そのまま、己の主を襲おうとしている牛鬼の喉笛に向かってその牙を剥いた。

聴いた事のない程の大音量の・絶叫…地響き…獣の争う声が
周囲の空気を振動させて、私達の体の隅々にまで震えを走らせた。

「さぁ、妖獣の相手は妖獣、妖(あやかし)の相手は妖だ!!
サシでやろうじゃないか…九條の旦那よぉ!!…それとも…」

山高氏は左手を九條に向けて伸ばした。

「あたしたちの手塩にかけた可愛い妖獣の勝敗で今回の勝ち負けを決めるかね?」

九條は無言で構えをとった。
その手は、牛鬼を導き出した時とは別種の妖光を放っていた。

「…そう、やるの。構わないケド、九條の旦那…
さっきも言ったようにアンタに勝ち目はナイよ…。何故なら」

山高氏は言葉を途切って、右の手で妖獣達が戦う場所を指し示した。

ハッとして私がそちらに目をやると、今まさに
牛鬼が、狼鬼に呑みこまれんとしていた所であった。
ゴキゴキッと関節がへし折れる音がして、
牛鬼が足元から捻れて、細くなっていく。
必死で泣き喚き・藻掻く牛鬼を非情にも
ゴブリ、ゴブリと音を立て、巨大な口から胎内に取り込む狼鬼。
その光景は凄まじいモノだった。
私はお英にそれを見せまいと更に強く彼女を抱き締めた。

そうして、モノの数秒も経たない後、喰われた獣の断末魔の声が響き、
そのすぐ後、喰った側の勝利の雄叫びがそれを掻き消した。

「そんな…馬鹿な…!!!」九條は絶叫した。
「私の手塩に掛けた…牛鬼がッ…負ける筈がナイッ…!!」
山高氏はフン!と鼻で笑うと言った。
「いいかぃ…九條の旦那…!アンタの使い魔は、アクマでアンタが
捕らえてきたモンだろう?ソレはソレで大したもんだがねぇ、
アレ…狼鬼は、アタシの一部なんだ。文字通り、自身の身を削って
育て上げたシロモノなのさ…!アンタの牛鬼は
喰らった狼鬼の胎内で浄化され、
その生命力は全てアタシの中に流れ込んで来る。
そう…アンタがアタシを牛鬼の糧にしようとしたのと同じく
アタシが牛鬼を糧にしちまったって訳サァ!!!!」
九條山高氏の言葉を聞き終えると、暫くわなわなと怒りに震えていた
深い溜息をついて、憎々しげに言った。
「フン…腕を上げたな音輪丸…」
山高氏は九條から目を離さず、少し皮肉った様に微笑み肩をすくめた。
「それはそれは…!そのお言葉、有り難く頂戴して置きますわ…!
でも、もうお解りよね、九條の旦那?」
ソコで、食事を終えた狼鬼がくるりと振り向き、地面を蹴った。
丸で炎の様に闇に浮かんだ狼鬼は、その巨大な躰を丸め、
ふわり、と自らの主の肩へ飛び乗った。
彼の様子からすると、全く重さは感じてイナイ様だった。
「アンタの敗北は明白!…それでもこのアタシに逆らおって言うんなら」
狼鬼が山高氏の声に呼応する様に美しい遠吠えを周囲に響き渡らせた。
「それともアタシの前から今すぐ失せるか!この闇の世界から完全に消滅するか!?
すなわち生か!?死か!?フタツにヒトツ!!!」

グッ!と九條が喉の奥で小さく唸って後ずさった。
それを目にして、山高氏は更にたたみかける。

「サァ…今すぐ撰びな!!」
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