旭日昇天銀狐

第4章−6 急転直下

それから三ヶ月後……。
亀山の自伝原稿は無事上がり、法王出版から年明け一発目に大々的に各書店で売り出される運びと成る。

当然朝彦の名前が世間に出る事はないが、執筆料、口止め料込みでそれ相応の金額が舞い込んできた。最低でも一年は悠に暮らせる金額が。

一堯の嫁の一人るいの店を借り切って朝彦の友人数名と一堯、ミサキが一堂に会し小さな祝賀会を開く運びになった。
19時を過ぎ、仲間が集まりちょっとしたパーティが始まる。
宴もたけなわに成り、酒も多少入ったせいか、最近あった愉快な話に興じている所でミサキの電話が鳴った。
ミサキは話しの途中で申し訳ない、と手で合図しながら携帯の電話の主をちら、と見て眉をしかめる。会社からであった。

「もしもし」

ミサキは少し離れた場所で電話に出て、そのまま外へ出て行く。

「なんだよ、桐生君、どこいっちまったんだよ?」

朝彦の古くからの友人の鷺宮がケタケタ笑いながら言った。

「女か!?さては女だなぁ!?」

あっけらかんとした性格の鷺宮は余程楽しいのだろう、一堯の肩を叩いて興奮している。一堯もつられて豪快に笑いながら答えた。

「つぅか、あいつは真面目だからなぁ〜!そんな甲斐性ありますかねぇ?」

朝彦はグラスを傾けながら微笑んで、どうかなぁ、と呟く。

実は朝彦は昨夜辺りから久々に胸騒ぎに襲われていた。あの三ヶ月前に区民会館で感じて以来の強い感覚だ。みぞおちの辺りで砂を踏む様なざらついた感触に似た胸騒ぎ。不安と興奮が小さく蠢く様な君の悪さをもてあまし、若干上の空だったのだ。
一堯もミサキもそんな師匠の様子に気付いていたのだが敢えて触れないで居た。

だが事態は彼等をいつまでも甘やかしはしない。

「えぇ?」と扉の向こう側からミサキの声が響き、「ええ、はぁ」と悩んだ様な合図ちを何度か打った後、電話を切った気配がしてほどなく扉が開きミサキが戻ってきた。
そのミサキの曇った表情を見て、すぐ異変に気付いた朝彦が少し身を乗り出す様にして尋ねた。

「どうした?何かマズイ事でもあったのか? 」
「ええ…少し……。いやでも…」

口篭る彼を見て朝彦が立ち上がりミサキの前に立つ。

「朝彦さんにとっては…良い話かも知れませんが…その…」
「お、ゴーストの話しがまたしても舞い込んできたかぁ!? 」

鷺宮が冗談半分に言ったのを捕らえてミサキは静かに頷いた。

「朝彦さんの力を借りたいって言うんですが…条件が色々妙で…」
「相手は誰なんだ」

朝彦の目をみながらミサキは思い切ったように口を開いた。

「神鷹松之介です。……神鷹自身の自伝を自分の義理の息子に書かせたいと。明日その息子が出版社に来る事が決まってます。どうしましょう」


朝彦は驚いた顔のまま、一堯の方をみる。
一堯も驚きの余りソファから立ち上がって目を見開いていた。二人の目があう。
どちらも奇妙な気持ちに支配されていた。

……どうやら朝彦の感じた胸騒ぎの原因はこれらしい。
どの道トラブルは避けられなさそうだ。


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