旭日昇天銀狐

第1章−1 先ずこれにて終幕

―死は言うまでもなく、肉体よりの解放に他ならず。―

11月30日。
吐く息も白くなる程、空気が冷える。そんな季節の午後4時頃にそれは起きた。
余りにも突然の事で、周りにいた人間も、事が起こった当の本人達も一瞬何が起こったのか丸で理解が出来ないでいた。

多分こんな状況だったら誰でもそうなるのだろうが、それにしても余りに常軌を逸していたので、そこにいた全ての人間の脳内が一斉に「まさか」と叫んだ。

事件を起こされた当人の、「アレ、何で俺が今こうなった?」の「まさか」
事件を起こした側の、「どうしよう、僕は何故間違えた?」の「まさか」
事件を起こされる筈だった女性の、「何故この人がこうなってしまったの?」の「まさか」
其の場に偶然居合わせ、事件を目撃した見ず知らずの人間達の「こんな事件に自分が遭遇するなんて」の「まさか」 
…最後に、師匠の身に起こった有り得ない現場・状況に対して教え子の「まさか」

丸でスローモーションの様に事が進んでいく。
そこで、彼は知った。

自分が“死ぬ”事を。

彼が路上に倒れ込む瞬間、駆けつけた弟子の左手が彼の左手をシッカリ握り、彼の体を支えた。
ああ、コイツ来てくれたんだ、と彼は微笑む。

……助けた女性が地面に座り込んで震えながらすすり泣いている。
自分の弟子もわぁわぁと泣きながら何か言っているのが解るのに、全体的にぼんやりとしてしまって言葉が良く聞き取れない。次第に視界も霞んで来た。

全ての輪郭がぼやけていく。
もどかしい筈なのに、心と反してどんどんと気持ちが落ち着いていってしまう。

……刹那、ガクンと彼の体に酷い衝撃が走り、生命の維持に必要な「何か」が完全に切れた。
右手がドッと重力に負けて落ちる。
ぐっ、と小さく呻いて喉を逸らした時、見開かれたその目が、駅の大きなガラス窓の向こう側の白と灰色で彩られた空を捉えた。

――ああ、今日は曇りかぁ。

そう思った直後…雲間からスッと銀色の光が差し込んだ。

キレイで暖かい。

目の前が霞む。

深い眠りに落ちる瞬間の様だと思って彼は眼を閉じて自問自答した。

――もし俺が死んで、もし万が一……生まれ変る事が出来たとしたら次は何になりたい?

―俺が俺であるならば…

「俺は、誰だ?」

彼の脳内で世間で噂の走馬灯とか言われるヤツが物凄い勢いで動き出した。


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